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睡眠不足が原因で起こる「こころ」の問題には どんなものがあるか?
浅岡章一(江戸川大学 睡眠研究所;江戸川大学 社会学部 人間心理学科)

(写真:写真ACからacworksさんによる)

必要とされる睡眠時間

 アメリカの国立睡眠財団が示した年代別推奨睡眠時間によれば,14~17歳の青年にとっての望ましい睡眠時間は8~10時間とされています。しかし,日本では8時間の睡眠を確保できている高校生の割合は極めて低いと考えられており,睡眠時間が6時間未満の生徒も3~4割程度存在していると思われます。本来必要とされる睡眠時間を確保できない状態が続くと,その睡眠不足は日々蓄積されていき,その程度に応じて認知機能(理解・判断・記憶などの知的なこころの働き)は低下していきます。実際に,6時間睡眠が1週間を超えて続くと,丸一日眠らなかった場合と同じくらいのレベルにまで認知機能の低下が生じると報告されています(引用文献1より)。このような睡眠不足の蓄積は,睡眠負債とよばれ,近年注目されています。

 こころの健康(精神的健康)のためには,睡眠の長さとともに,睡眠の規則性も重要です。睡眠不足と睡眠の規則性は密接に関連していて,平日の睡眠時間が短いと,それを取り戻すかのように休日の睡眠時間が長くなり,規則性が低下します。このような休日における睡眠時間の延長は,平日の睡眠不足の現れと考えられ,そのような睡眠パターンをもつ人たちの精神的健康が低いことは多くの研究で確認されています。したがって,規則正しく十分な長さの睡眠をとることが,こころを落ち着いた状態に保つためにも重要だと言えます。

 

睡眠不足が引き起こす「こころ」の問題

 これまでに行われた様々な研究の結果をもとに,睡眠不足をはじめとする睡眠の乱れが引き起こす認知・心理的問題を図にまとめました。ミスの増加や作業スピードの低下などは,比較的多くの人が気づきやすい睡眠不足の影響だと思います。しかし,睡眠不足の影響はそれだけにとどまらず,記憶力の低下や思考の狭まりなどと同時に,精神的健康の悪化や社会性の低下も引き起こします。つまり,睡眠が乱れると,気分が落ち込みやすくなったり,イライラしやすくなったり,他者を非難しがちになったり,他者の気持ちが理解しづらくなるわけです。

図 睡眠不足をはじめとする睡眠習慣の乱れが引き起こす認知・心理的問題(引用文献2より作成)
方略:物事を効率よくスムーズに進めるために、よく考えられた計画のこと。
表情認知能力:相手の表情から感情を読み取る力のこと。

 

睡眠の乱れが原因であることには気づきにくい

 睡眠習慣の改善を促そうとする時に問題となる点の一つに,眠い状態にある人は自らの睡眠の乱れによって生じている問題に気づきにくいということがあります。図にも示したように,睡眠の乱れは自己評価を不正確にします。ですから,眠気によって自らの作業がうまくいっていないにも関わらず,「問題ない」や「眠くない」と判断する可能性が高くなるわけです。

 また,一般社会においては,睡眠の乱れによって生じる様々な問題が他の原因によって生じていると解釈してしまうことも多いと思われます。例えば,作業スピードの低下やミスの増加,記憶力の低下は「やる気がない」という個人のモチベーションの問題に帰属されがちですし,思考の狭まりや非効率な方法への執着,必須でない事柄の無視などは「頭が固い,気が利かない」などという個人の性格に原因を求めがちです。そして,精神的健康の悪化や社会性の問題は「ストレス」などの概念で説明されることが多いのが現状だと思います。

 しかし,特に睡眠不足の可能性の高い日本人においては,このような認知・心理的問題が生じた場合,その背景に睡眠問題が存在する可能性は低くありません。まずは,規則的で十分な長さの睡眠がとれているか,睡眠習慣を確認してみる必要があるでしょう。

 
引用文献
1) Van Dongen HPA et al (2003). The cumulative cost of additional wakefulness: dose-response effects on neurobehavioral functions and sleep physiology from chronic sleep restriction and total sleep deprivation. Sleep, 26, 117-126.
2) 浅岡 章一 (2017). 大学生活への適応と睡眠習慣―乱れた睡眠習慣が退学・留年リスクに与える影響―. Modern Physician, 37, 853-855.

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