WEB国語教室

リレー連載

ソーシャルメディアの社会学

第9回 ソーシャルメディアを行政で活かす
猪瀬直樹インタビュー

「ソーシャルメディアの社会学」第9回では、ソーシャルメディアを行政に取り入れる取り組みについて取り上げます。2010年に当時の鳩山由紀夫首相がツイッターアカウントを開設し、政治家もソーシャルメディアで情報を発信するようになりました。そのような流れを受けて、行政機関もソーシャルメディアの特性を活かした情報発信を行うようになりつつあります。例えば東京都では、都の全ての部局がツイッターアカウントを作成しました。行政がソーシャルメディアを活用することにはどのような意味があるのでしょうか。今回は陣頭指揮をとって東京都のツイッター活用を進めた、作家で東京都知事の猪瀬直樹さんにお話を伺いました。


:一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)では都知事選立候補者の方々に「都政におけるメディアに関する政策についてのアンケート」と題して、情報通信政策やコンテンツに対する表現規制へのスタンスを伺うアンケートを行った。本記事はそのアンケートへの回答として、都知事告示期間前に行われたインタビューを編集したものである。

情報の流れを滞らせないために

僕は東日本大震災の約1年前、2011年の3月23日にツイッターをはじめました。当時すでにブログを使って情報を発信していたのですが、なにか物足りないなと感じていたところでした。そんな頃にちょうどツイッターと出会ったんですね。ツイッターは飛行機が機首を上げるように上昇するところでした。

ツイッターやフェイスブックのようなソーシャルメディアを行政として活用するにあたっては、東日本大震災が大きな転機となりましたね。この時は都内の交通が麻痺し、多くの帰宅困難者が出ました。都では「万難を排して帰宅困難者対策に取り組むように」という石原都知事の指示のもと、学校を一時収容施設として開放したり、コンビニを災害時帰宅支援ステーションとして活用するなどの施策を進め、メディアにも情報を提供し続けたのです。都のウェブサイトでも情報を発信していたのですが、都のウェブサイトへの情報掲載をメディアが報じ始めると、情報を求める人たちのアクセスが集中してウェブサイトがダウンしてしまった。それを見て「これはマズい」と思い、避難場所や交通機関の運行状況を僕のツイッターで流しはじめたのです。避難場所の一覧はブログに貼付け、ツイッターで誘導した。

本来であれば東京都のオフィシャルな情報発信は広報担当が行うべきことです。しかし当時、都庁の広報担当はツイッターアカウントを持っていませんでした。この反省を活かして、現在では東京都庁広報課のツイッターアカウント(@tocho_koho)を作ったほか、東京都環境局や東京都交通局などの公式ツイッターアカウントも運用をはじめています。また、区でも同様の動きが進んでいて、先日葛飾区長とお会いした時にツイッターを勧めたところ、その後、葛飾区もアカウントを作成しました。 都のウェブサイトの拡充はもちろん、ソーシャルメディアへのこのような動きはどんどん進めていきたいと考えています。

:猪瀬氏は東京都都知事に当選後すぐに都の各局にツイッターアカウントを開設させ、その数は51アカウント、ソーシャルメディアを用いて情報を発信するようにした[1]。また東京オリンピック招致運動においてもフェイスブックを有効に活用している[2]

人の命を救ったツイッター

震災当日、気仙沼市は大きな津波の被害を受け、街は火の海となりました。そんな状況の中、気仙沼市の障害児童施設「気仙沼マザーズホーム」園長の内海直子さんは、障害児童を連れて気仙沼中央公民館に避難していました。避難所には障害児童だけでなく、子どもやお年寄り、出産前の妊婦などを含めた446名もの市民が避難していたんです。ふつうであれば119番で救助を要請しますが、震災当日は緊急通信のための発信規制がかかっており、またつながったとしても地元の消防につながるため、地元消防が被災しているから、119番による救助依頼は非常に難しかった。そのような最悪の通信環境の中で唯一通じたのが携帯電話のメールだったのです。そこで内海さんは携帯のメールでロンドンにいる自分の息子さんに「公民館の屋根にいる」「火の海 ダメかも 頑張る」というメールを打ったんです。そのメールを受けた息子さんはツイッターに救助を求めるツイートを書き込みました。

「障害児童施設の園長である私の母が、その子供たち10数人と一緒に、避難先の宮城県気仙沼市中央公民館の3階にまだ取り残されています。下階や外は津波で浸水し、地上からは近寄れない模様。もし空からの救助が可能であれば、子供達だけでも助けてあげられませんでしょうか」

このツイートを見た鈴木修一さん(@shuu0420)という会社員の方が、僕のアカウント @inosenaoki にこの情報を届けてくれたんです。僕はこのツイートを見た瞬間に「これは本当だ」と判断して、東京消防の防災部長に気仙沼へ救助に向かうよう指示を出したのです。

その結果、気仙沼中央公民館に避難していた446名全員を救助することができました。

日本の全国民がソーシャルメディアを使っているかといえばそうではありません。使っている人も使っていない人もいます。しかし東日本大震災においてツイッターが人の命を救ったということは事実で、これは行政におけるソーシャルメディアの非常に大きな実利の一つです。

ソーシャルメディアと言葉の力

震災時にツイッター上で数多く流れた情報の中には、デマもたくさん含まれていました。そのような状況の中で、先ほどの助けを求めるツイートをなぜ信じ、救出を決断したかというと、たった140字のツイートの中に「2階まで水が来ている」という具体的な状況説明と、「近寄れないから空からヘリで救助するしかない」という救助方法が的確に表現されていたからです。内海さんの息子さんは当時まだ30歳くらいだったのですが、僕はなぜそんな若者があのように論理的な文章を書けたのだろうと不思議に思っていました。実はその後、東京オリンピック招致活動の一環でロンドンオリンピックの視察に行った際、ご本人と現地でお会いすることができました。実際に会って話してみて、彼に言葉の力がある理由がわかったんです。彼はロンドンで宝石デザイナーとして活躍しています。ロンドンには宝石販売に関して、いわば秋葉原のように店が集中している場所があって、指輪やダイヤモンドの相場はそこで決められるんですね。

彼はそのような場所に自分のデザインしたアクセサリーを置いてもらうために、日々プレゼンの訓練をしていたわけです。宝石ビジネスの主な相手はユダヤ系の人々で、彼らは特に論理的な思考をする人々です。そのような人々を相手に値段やデザイン、置いてもらう場所などのシビアな交渉を成功させるためには、あの論理的な140文字のツイートをするような言葉の力が必要なのです。

ソーシャルメディアが現実を動かす

また、地下鉄へ携帯電話のアンテナを設置するときにもツイッターが役立ちました。都営地下鉄大江戸線の光が丘までの枝線のみは2013年の3月になってしまうのですが、2012年中にほとんどの都営地下鉄の構内及び電車内で携帯電話が通じるようになりました。東京メトロも今、整備を進めているところです。

東京の地下鉄内にアンテナを設置したいという要望は、携帯キャリアや通信インフラを整備する企業の業界団体である移動通信基盤整備協会から、以前より申し入れがありました。移動通信基盤整備協会は電波の届きにくいトンネル内や地下街、そして地下鉄の中に共同でアンテナを設置する団体です。彼らは最初東京メトロに対してそのような申し入れを行っていました。都営地下鉄より東京メトロのほうが規模が大きいという理由からです。東京メトロはある種役所のような組織ですから、そのような申し入れに対して「いつかやっておくよ」という曖昧な返事をしていた。移動通信基盤整備協会の方にもお役所っぽいところがあって、携帯キャリアのトップではなく部長クラスの職員が東京メトロに行って「今後よろしくお願いいたします」みたいな反応を返すだけで、いつまで経っても何も決まらなかったんです。早く地下鉄内のアンテナ設置を進めたいと考えていた、ソフトバンクの孫正義社長はこの頃、ツイッターでユーザーからこの件について質問をされると、「メトロ側が工事をさせて頂けるのであれば是非やりたいです。皆で運動しませんか?」「ずーっと交渉していますがなかなか進展が……」といった返信をしていました。

そのやり取りを見ていた方が、私に教えてくれたことでアンテナ設置の話は進みはじめたのです。

それまで私も孫さんもお互いのことを知ってはいましたが、どこかでお会いした程度の仲でしたし、携帯電話の番号も知りませんでした。しかしそこからツイッターのダイレクトメッセージ(DM)で携帯電話の番号を交換して話をし、DMを使ってアポイントをとりました。この間わずか4時間足らずです。孫さんも私もお互い忙しい身ですが、秘書を通さずにアポイントを調整し、4日後には副都知事室で打ち合わせをすることができたのです。そしてその場で「まずは都営地下鉄から整備を進める」という方針を固め、それに東京メトロも追随せざるを得ない状況を作り上げたわけです。

良いことを進めようにも、その実現に30年もかかっていては意味がありません。「良いことをすぐにやる」というのが本当に良いことなのです。そしてこの本当に良いことのためにソーシャルメディアは役立つのです。

日本でツイッターが成長できた理由

ツイッターによって「言葉の技術さえあれば互いに高まっていけるじゃないか」という新しい場所ができたことは大切にしたいですね。外国人、特に米国人と話していると「ダメだ! ツイッターではすぐに文字数が埋まってしまう!」と言うんです。たとえば「Mountain」と書くと、それだけで8文字になってしまう。それが日本語だと「山」の1文字で済むわけです。140文字でけっこう表現できてしまう日本語は、特にツイッターに向いていると思います。日本には短歌や俳句のような表現の文化があるし、少ない文字でかなりの情報を表現できます。たまたま米国で生まれたサービスの140文字という制限、そしてブロックやスパム報告といったルールを日本人がうまく応用できたから、「悪貨が良貨を駆逐する」ではなく「良貨が悪貨を駆逐する」といった感じで日本においてツイッターが成長できたのでしょう。それが今の日本におけるツイッターを形作っているんでしょうね。

「悪貨が良貨を駆逐する」にならないためにというつもりで、ツイッターでもときどき書くことなんですが、人のツイートを非公式リツイート(RT)[3]で引用し、コメントをつけて反論をする時は気をつけたいですよね。ある一つのツイートだけを取り出して、一言だけ「なんとかだ!」といった意見をつけて反論するのは違います。そのツイートに至るまでの文脈を見てもらって、そのうえで理由をつけて反論してほしい。「こう思います」だけではなくて、外国人のように事実と根拠を述べたうえで引用するというか――そんな規範がツイッターでも広まっていけばいいと思います。

「言葉の力」をつけるためのヒントは、都の職員や学校の先生、そして活字離れの進む若者に向けた「『言葉の力』再生プロジェクト」の報告書にまとまっていますのでぜひ読んでみてください。100ページを超えるボリュームですが、なかなかおもしろい内容にまとまっています。

構成:香月 啓佑(一般社団法人インターネットユーザー協会[MIAU]事務局長)

著者プロフィール

猪瀬直樹(いのせ なおき)

作家。1946年、長野県生まれ。87年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『日本国の研究』で96年度文藝春秋読者賞受賞。以降、特殊法人等の廃止・民営化に取り組み、2002年6月末、小泉首相より道路関係四公団民営化推進委員会委員に任命される。その戦いを描いた『道路の権力』(文春文庫)に続き『道路の決着』(文春文庫)が刊行された。06年10月、東京工業大学特任教授、07年6月、東京都副知事に任命される。2012年12月、東京都知事に就任。

公式ウェブサイト:http://www.inose.gr.jp/

ツイッターID:@inosenaoki

《注》

  • [1] 東京都が今回開設したツイッターアカウント一覧はこちら
  • [2] 東京2020オリンピック・パラリンピック招致に向けたフェイスブックページはこちら
  • [3] 他人のツイッターの発言の一部もしくは全部を引用してツイートすること。
    ツイッターの公式機能としてのリツイートは発言者のツイートをそのまま自分のフォロアーに対して転送することができるが、自分のコメントを付加することはできない。
    しかし非公式リツイートを用いればコメントをつけることが可能。ただし元発言者のツイートが改ざんされる恐れや、元発言者が当該ツイートを削除したとしても非公式リツイートされたツイートが残り続けるという問題も抱えている。
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