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リレー連載

ソーシャルメディアの社会学

第7回 ソーシャルメディアと学びの関わり
岡部洋一インタビュー

「ソーシャルメディアの社会学」第7回では、ソーシャルメディアと学びの関わりを取り上げます。人々の生き方が多様化するなかにあっても、学びのニーズは衰えることなく、さらに多様な学び方が求められています。そのニーズへの答えとして、インターネットを用いた学習を挙げることができます。インターネットを用いた学びの最前線はどのようになっているのでしょうか。またインターネットを用いた学びにソーシャルメディアはどのように関わっているのでしょうか。今回は放送大学長の岡部洋一さんにお話を伺いました。

多彩な学びを提供する放送大学

放送大学とは、文部科学省と総務省が所管する正規の大学です。「放送大学」という名前から「アナウンサー養成など放送局に関係する内容を教育する大学」といった勘違いをしている方もいらっしゃいますが、決してそんなことはありません。所定の単位を修得すれば、身近にある大学と同じように大学卒業資格を取得することができます。大学院も設置されていますので、修士課程を修めることも可能です。また現在は博士課程の設置に向けて準備を進めているところです。

放送大学では非常に多彩な講義を開設しています。教養学部のみの単科大学ですが「生活と福祉」「心理と教育」「社会と産業」「人間と文化」「自然と環境」の5つのコースがあります。このコース名を見ただけでも、その幅の広さがご理解いただけるでしょう。また2013年度には以上5コースに加えて「情報」コースを新設します。これまでも情報に関する科目を数多く開設していましたが、今後はより体系的に学ぶことができるようになります。

放送大学=公開大学

放送大学の英語名称は「The Open University of Japan」です。直訳すると「公開大学」ですね。放送大学の立場をわかりやすく説明するには、この「公開大学」という名称のほうがピンと来るかもしれません。老若男女関係なく、学ぶ意志さえあれば誰でも大学教育を受けることができるのです。入試に学科試験はなく、選考は書類のみで行われます。また高卒資格がなくても、15歳以上であれば選科履修生又は科目履修生として入学でき、要件を満たせば、大学卒業資格を得ることが可能です。

このような話をすると「簡単に卒業できるのではないか」というイメージを持つ人がいるのですが、決してそんなことはありません。教授陣にはその道の第一線で活躍されている一流の研究者が名を連ねており、非常にレベルの高い講義を提供しています。また単位認定試験はきっちり行っていますから、まじめに取り組まなければ単位取得は非常に厳しいでしょう。

公開大学の動きは日本だけのものではありません。世界の多くの国々に公開大学があります。特にアジアやアフリカでは、国民の学力向上を目的として広く普及していて、なかには100万人以上もの学生を抱える公開大学もあります。このようなアジアのOpen Universityの連合として、アジア公開大学連合(AAOU)があり、毎年年次大会を開いて情報交換を行っています。今年の第26回年次大会は放送大学がホストを務め、10月16日から18日にかけて幕張メッセで開催されました。アジアはもちろん、世界各国の公開大学関係者やユネスコ(国際連合教育科学文化機関)からも出席者を集め、教育学的な話題から、eラーニングを進めるための技術的な話題まで活発な議論が行われました。今後もこのような世界的な協力関係のなかで、放送大学がリーダーシップを持てるよう努力を続けていきたいと考えています。

放送大学が提供する学びの機会

放送大学の特徴は、その名の通り放送を通じて受講できることにあります。現在はBSデジタル放送と、地域によってはケーブルテレビを通じて講義を配信しています。また関東圏では地上波デジタル放送でも配信していますから、関東にお住まいの方のなかには、テレビのチャンネルをザッピングしているときに、ちらっと見たことがある方も多いのではないでしょうか。自宅に放送を視聴できる環境がない方は、各地域に設置されている「学習センター」や「サテライトスペース」にDVDやCDで受講できる環境を準備していますので、そちらで学習することもできます。

そして現在はインターネットによる講義の配信も始めていて、放送大学の学生になると、放送大学のウェブサイト上で講義の動画をオンデマンドで視聴することができます。残念ながらまだすべての講義を配信できていないのですが、大半の講義はウェブサイト上で受講できるようになっています。またインターネットラジオ「radiko」でもラジオ講義の配信を開始しました。このようにインターネット接続環境があれば、全国どこにいても一流の大学教育を受けられるのが放送大学のいちばんの利点であり、また存在意義でもあります。

「Open Education Resource」とは

先ほど、放送大学は「Open University」であるということをお話ししました。私はここでいう「Open」には2つの意味があると考えています。ひとつは入学試験を課さないで誰にでも開かれているという意味、つまり「Open Education」であるということ、そしてもうひとつは教育教材を無償で提供・利用するという意味、「Open Education Resource」(OER)であるということです。放送大学の講義は放送されており誰でも視聴できるため、元々OERであったと言えます。それに加え、先日放送大学では中期的な将来ビジョンを示した「放送大学アクションプラン2012」を発表しましたが、このなかでインターネットによるOERのさらなる推進を掲げています。

オープンコースウェアとは

OERの実践例として、オープンコースウェアの提供があります。今、世界中の大学は講義をインターネットを通じて競って公開しています。講義のシラバスやテキストの公開にとどまらず、ブロードバンド化によって、講義映像の公開も進んできました。オープンコースウェアを積極的に推進している大学として米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)を挙げることができるでしょう。MITはノーベル賞受賞者を数多く輩出する米国の超名門大学ですが、日本にいながらにしてMITの講義を受講することができます。公開している講義も非常に多種多様で、一般教養科目はもちろん、専門科目の受講も可能です。現在では2100を超える講義がインターネットを通じて公開されています。
MIT OPEN COURCEWARE(Massachusetts Institute of Technology)

またアップル社の提供するiTunes Uでも、多くのオープンコースウェアを見ることができます。
iTunes U(Apple Inc.)

もちろん、オープンコースウェアは海外だけの動きではありません。日本でも多くの大学がオープンコースウェアを提供しており、放送大学も提供を行なっています。まだまだ数は少ないですが、今後もっと多くの科目を提供できるように準備を進めています。
放送大学オープンコースウェア(放送大学)

日本におけるオープンコースウェアの事情

オープンコースウェアの動きについては、海外に比べ日本の大学は歩みが遅いというご批判があるかもしれません。確かに大学の支援体制など、改善できるところがあるのも事実ですが、オープンコースウェアに対する環境には海外と異なっているところがあるのです。

オープンコースウェアの推進には、大学のプレゼンス向上という目的があります。優良な講義を配信することで、世界中から優秀な学生を集めようというわけですが、この場合に障害となるのが言語の問題です。同じ題目の講義を配信したとしても、やはり日本語よりも英語の講義への注目度が高いのです。だからといって日本語のオープンコースウェアが必要ないわけではありませんが、費用対効果を考えると、英語圏の大学がオープンコースウェアに熱心になる理由がわかると思います。

ただし英語圏の大学では作ることができない、日本の大学でしか作ることのできない分野があります。それは日本特有の文化や現象を紹介する科目です。ご存知の通り、日本の文化は世界中から非常に注目されており、待望する声もたくさんあります。しかし今の日本の状況では、このような声に応えることが難しいのです。その理由のひとつが著作権などの権利処理の問題です。

文化を取り上げる上では、実際の絵や音楽などの紹介が欠かせません。著作権法には教育に著作物を使う際の特別な規定がありますので、従来の放送大学の講義では実物を紹介することができました。しかし講義の模様をインターネットに乗せるとなると、この特別規定の対象外となってしまうのです。使用許諾を得るには非常に高額の許諾料が必要となることが多いですし、そもそも許諾が下りない場合もあります。そのような場合は残念ながら該当の著作物を黒く塗りつぶしてインターネット配信をせざるを得ません。黒塗りされていない講義を見るには、放送大学のキャンパスや学習センターに行って講義のビデオを見るしかないのです。

OERは教育の質を高める

OERの推進は教材の質の確保にもつながります。放送大学の講義は、入学しなくても、視聴環境さえあれば、誰でも視聴することができます。誰が講義を見ているか、講師からはわからないわけで、もしかしたら大学の先生やその筋の専門家が見ている可能性もあるわけですね。となると、いいかげんな講義や教材を提供することは絶対にできません。特に放送大学は税金を使って教材を作成していますから、いいかげんなものは大きな非難を浴びることになるでしょうし、担当する講師の評判にも関わります。ですから放送大学の先生たちは、必死になって教材作成にいそしんでいます。私も来年の講義に向けてコンピュータのソフトウェアに関する教材を作っていますが、本当に大変です。しかしこのような環境にあるからこそ、非常に優れた教材が生まれているということができるのです。

インターネットを用いた学びとソーシャルメディア

放送大学のコンテンツやオープンコースウェアに限らず、優良な学習用のコンテンツが今ではインターネット上に数多く公開されています。情報技術の進歩によって、何かを「学ぶ」という目標を達成するには非常に恵まれた環境が構築されつつあるのです。しかし「一人で学ぶ」ということは、非常に孤独な道でもあります。大学はもちろん勉強をするところではありますが、志を同じくする仲間と一緒に過ごすことにも非常に意味があります。放送大学においては、その性質上、講義が一方的なものになってしまいがちで、学生の皆さんから「寂しい」という声を聞くこともあります。しかしインターネットを学習の手段としてだけではなく、コミュニケーションの手段として利用することで、そのような寂しさを少しでも解消できるのではないかと思っています。特にツイッターやフェイスブックのようなソーシャルメディアの利用は、学習のモチベーションを保つために非常に有効なのではないでしょうか。

このようにインターネットを「巨大なキャンパス」だと考えると、そのなかで志を同じくする仲間を探しだして交流することで、モチベーションを保つことができます。学生同士がソーシャルメディアなどのインターネット上で交流するスペースを作ることで、通学制の大学と近い環境を作ることもできるでしょう。ソーシャルメディア上での交流は決してソーシャルメディアのなかだけに閉じるものではありません。日頃なかなか会えない友人でも、ソーシャルメディアを用いて交流しておくことで、実際に会ったときの会話を充実させることができます。

とにかくソーシャルメディアを使ってみよう

非公式ではありますが、私もツイッターやフェイスブックを使って学生さんと交流をしています。「放送大学」でソーシャルメディアを検索すると、学生さんの声をたくさん聞くことができます。悩んでいる学生さんには助言をすることもありますし、無事卒業できたことを報告する書き込みには「おめでとうございます」とお祝いの言葉をかけたりもします。そのせいもあって、キャンパスや学習センターを歩いているときに「あ、学長さんだ」と声をかけてもらえるようにもなりました。また学生さんとの「オフ会」にも時間が合えば参加しています。学長になると学生さんを直接指導する機会はないので、なかなか呑み会などに誘ってもらえず寂しい思いをすることが多いのですが、ソーシャルメディアを活用している今はそのようなことはありません。

またソーシャルメディア上だけのコミュニケーションにも、時に重要な側面があります。たくさんの学生さんのなかには、内気でどうしても話すことが苦手な方もいます。そういう学生さんであっても、講義の内容を質問したり、なにか意見を言ったりしたいときがあるはずです。そういうときにソーシャルメディアを介したコミュニケーションによって、対話が可能になるケースがあります。これは学生さんにとってだけではなく、先生にとっても重要な機会であるはずです。

インターネットを活用した学習は、少しずつではありますが着実に広がってきていると感じています。その次のステップとして、インターネットでのコミュニケーションを学習の手助けとして活用してはどうでしょうか。ソーシャルメディアを用いて学生と対話をすることには、たくさんの困難や懸念があることは私も理解しています。特に小中高校の先生方の懸念は、大学教員の私と比べるとさらに大きなものでしょう。しかし、だからといってソーシャルメディアの利用を躊躇し続けると、ソーシャルメディアから得られる利点をみすみす逃すことにもつながりかねません。私も試行錯誤しながら、効果的な活用を考えているところです。ですから、まずは「使ってみる」ことから始めてみてはどうでしょうか。実際に使ってみるなかで、なにか見えてくるものがあるかもしれません。

取材・構成:香月 啓佑(一般社団法人インターネットユーザー協会[MIAU]事務局長)
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