| Q0451 |
「鯨(くじら)」は哺乳類なのに、どうして「魚」へんが付いているのですか? |
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それはもちろん、昔の人はクジラのことを魚だと思っていたからですよ。
と、お答えしようとして、ちょっと気になることが出てきました。漢字が生まれたのは黄河の中流域、つまり中国大陸のど真ん中。そんな、海から遠く離れた土地に暮らしていた人々が、クジラを初めて知ったのは、いつごろだったのでしょうか?
そう思って、小社『大漢和辞典』で「鯨」を調べてみると、『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』という書物から用例が引いてありました。この書物はだいたい紀元前3~4世紀ごろに書かれたとされていますから、遅くともそのころには「鯨」という漢字はすでに存在していて、意味としても、大きな魚(のような動物)を指していたことは間違いないようです。
クジラはあんなかっこうをしていますから、昔の人が魚だと思ったとしても、不思議はありません。ただし、ちょうどこのころ、古代ギリシアで活躍したアリストテレスという哲学者は、すでにクジラが空気を呼吸をすることを知っていたそうです。いやはや、恐るべし! アリストテレス!
では、中国人が「クジラは魚ではない」のを知ったのはいつごろなのでしょうか。詳しいことは存じ上げないのですが、ものの本によると、日本人が初めてそれを知ったのは、江戸中期、18世紀の半ばごろだそうです。だとすれば、おそらく中国人だって、それよりもそんなに早くない時期に、ヨーロッパ人から教えられたのでしょう。
というわけで、われわれ東洋人が「クジラは魚ではない」という事実を知ったときには、「鯨」という漢字はすでに2000年にも及ぶ歴史を持っていたのでした。今さら「けものへん」に代えようったって、そうはいかなかったのでしょうね。 |
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| Q0452 |
「奥」の下の部分は、「八」と書くのですか、それとも「大」と書くのですか? |
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どちらが正しいのか、二者択一で答えてください、と言われれば、「大」と書くのです、とお答えすることになるでしょう。でも、例によって、この問題もなかなかヤヤコシイのです。
活字の字形としては、「奥」のこの部分が「大」であることに異論はありません。図は左から明朝体・ゴシック体・教科書体の一例ですが、いずれを見ても「大」となっていることが、おわかりいただけるでしょう。
ですから、手書きする時でも「大」と書いておけば、文句を言われる筋合いはなさそうです。ただし、「八」ではいけないのか、と言われると、そうでもなさそうなのです。
試みに、角川書店の『書道大字典』を開いて、「奥」がどのように書かれていたかを調べてみましょう。図の3つはいずれも、中国の唐王朝(7~9世紀)のころに書かれた文字。一番左のように「大」になっているものもありますが、右の2つのように「八」のパターンのものも多いのです。
というわけで、Q0019やQ0029以来何度も申し上げてきたように、ここでも、活字の字形と手書きの字形との間には、微妙な違いがあると考えるべきだと思われます。事実、現在でも、書道のお手本などでは、「八」のパターンになった「奥」を認めているものもあるのです。
漢字の世界は「奥」が深い、とは常日ごろから思っていることですが、その「奥」そのものもまた「奥」が深い、というお話でした。 |
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| Q0453 |
漢字は5世紀に伝来した、と聞いたことがあるのですが、具体的にはどのような形で伝わったのでしょうか? |
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漢字の伝来については、以前、Q0004でご説明したことがあります。詳しくはそちらをご覧いただきたいのですが、遅くとも紀元3世紀頃には、日本人の中には、なんらかの形で漢字を使うことのできる人々がいたと推測されています。
では、ご質問にある「5世紀」というのがまったくのデタラメなのかというと、そうでもありません。『古事記』や『日本書紀』には、応神天皇の15年に、当時、朝鮮半島にあった百済(くだら)という国から王仁(わに)という人がやってきて、『論語』と『千字文(せんじもん)』という書物を初めて献上した、と記されています。この応神天皇の15年というのが、西暦の何年にあたるのかは議論のあるところなのですが、中では、5世紀の初頭にあたるという説が有力とされています。ご質問の「5世紀」とは、このことなのではないでしょうか。
もちろん、それ以前にも、貨幣や銅鏡などの文物という形、あるいは外交文書という形で、日本人は漢字に触れていたことでしょう。しかし、漢字で書かれた「書物」が「公式」に伝来したのは、この応神天皇の15年が最初であると言われています。日本が名実ともに「漢字の時代」に入ったのは、5世紀ごろであると考えていいでしょう。
『論語』に使用されている漢字は、約2000種類。『千字文』はその名の通り1000種類。重なりもだいぶあるでしょうが、少なくとも2000種類以上の漢字が、このとき、まとまって日本列島に上陸したことになります。
それから1500年以上が過ぎた現在、新聞や雑誌に日常的に使われている漢字の種類は、特殊なものを除けばだいたい2000から3000種類の間だと言われています。応神天皇の時代以降、日本人は進歩したのかしないのか。なんとも考えさせられる数字ですね。 |
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| Q0454 |
「脱衣室」と「脱衣場」、この「室」と「場」の使い分けは、どのように考えればいいのですか? |
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こういう疑問を抱いたときには、他の例をいろいろと考えてみることをおすすめします。「会議室」と「会議場」、「展示室」と「展示場」、「浴室」と「浴場」といった具合です。
こうやって比べてみると、「室」と「場」の違いが、なんとなく見えて来ないでしょうか? 「室」はこじんまりとまとまった感じ、「場」は広々と開放された感じがありそうです。ですから、どんなに狭くても「宴会室」ではなく「宴会場」と言っておいた方が、宴会らしい雰囲気がするものですし、ロケットを打ち上げる実験などするならば、やはり「実験室」よりも「実験場」の方が安心できるというものです。
実際、「場」は「土」へんが付いているとおり、本来は土地に関係する意味を持った漢字です。「室」の方には「宀(ウかんむり)」が付いていますが、「ウかんむり」は本来、「家」に関連する意味を表しています。つまり、本来の意味からすれば、「場」は屋外、「室」は屋内という違いがあるのです。
もちろん、現在では、「場」を屋内に用いることもよくあります。けれども、開放的な雰囲気を持つ「場」、こじんまりとしたイメージのある「室」という違いは、それぞれの漢字が本来持っていた意味に起因していると思われます。
ちなみに、「場」を屋内に用いることはできますが、「室」を屋外に用いることはまずないでしょう。「社長室」が屋外にあったりすると、それはちょっと、珍妙な会社ですもんねえ。 |
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| Q0455 |
「月日が経つのがはやい」の「はやい」は、「早い」ですか、それとも「速い」ですか? |
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一般に、「早」は時間的な観点から、「速」はスピードの観点から、それぞれ「はやい」ことを表すとされています。「彼は毎日、会社を出るのがはやい」の場合は「早い」、「会社から駅まで歩くのがはやい」の場合は「速い」と書く、といった具合です。
ところが、中にはこの原則にあてはまらないように思われる場合も存在します。「早がわり」「手っ取り早い」などがそのケースです。これらは一見、スピード的な「はやい」のように思われますから、「早」を使うのは間違いではないかとも考えられます。しかし、一般に「早」が使われているのは、なぜなのでしょうか。
それはおそらく、その行為がふつうよりも時間的に「はやく」終了してしまう、という点にポイントがあるからではないでしょうか。そうとでも考えないと、なかなかナットクのいかない漢字の使い方です。
ご質問の「月日が経つのがはやい」も、「早い」を使うことが結構多いようです。これは、自分としてはまだ1年ぐらいしか経っていないつもりなのに、もう10年も過ぎてしまっていた、というような、いわば主観的な時間の問題として、「早い」を使っている、と理解するのがよさそうです。10年後なんてまだまだ先のつもりでいたのに、「早くも」その時が来てしまった、というような感覚でしょうか。
とすると、「月日が経つのが“速”い」と自信を持って書けるのは、玉手箱を開けた瞬間の浦島さんぐらいのものでしょうか。だって、一瞬にして何百年かが過ぎ去ってしまったのですからね。この場合は、月日の経過の「スピードがはやい」とも言えましょう。 |
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| Q0456 |
「隆」の「生」の部分が、「三」に縦棒が突き抜けたような形になっている字を見かけたのですが、これはどういう漢字ですか? |
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明朝体で表現するとすれば、図のようになるのでしょうか?
これはおそらく、「隆」の異体字だと考えて問題ないと思われます。漢字の字形というのは、昔はほんとうにさまざまだったようで、「隆」についても、ちょっと調べてみただけでも、いろいろな字形が見つかります。それらのうちのいくつかを、ちょっとお見せしてみましょう。
これらは、柏書房の『異体字解読字典』に載っているものですが、「ノ」がないものやら、「土」2つになったもの、「生」の上に何やら十字架を背負ったものもあれば、限りなく「金」に近くなってしまったものまで、いろいろです。ご質問の漢字も、こういったバリエーションの中の1つなのでしょう。
日本に「活字」文化が根を下ろし始めるのは、明治になってからのこと。それ以前の手書きの時代には、漢字の形は、実にさまざまだったのです。その「いい加減さ」がよいのかどうか? これは、好みの問題ですね。 |
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| Q0457 |
「立春」は「春が立つ」、ならば漢字の順序として「春立」でないといけないのではないですか? |
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『古今和歌集』の最初の方に出てくる、紀貫之(きのつらゆき)の有名な和歌に、次のようなものがあります。
| 袖ひぢてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらん |
夏、袖をひたしてすくい上げた水が、冬になって凍り、それが今、立春の風を受けて溶けていることだろう……。こういう歌を見ると、確かに、「立春」ではなく「春立」の方がいい、と考えるのもおかしな話ではありません。
ただし、中国古代の人々の感覚は、私たちとは違ったようです。その時代、王は人間界のよしなしごとだけではなく、星々の運行から季節の巡りまで、すべてを支配すると考えられていました。ですから、春も勝手にやってくるものではなく、「この日から春だ」と王が宣言するものだったのです。
つまり「立春」とは「春が立つ」のではなく、「春を立てる」という意味だと解釈すべきなのでしょう。もちろん、立春の日そのものは、太陽を観測することによって学術的に決められるものです。しかしその日、王が立春の祭りを行うことによって、はじめて春がやってくるとされていたのです。
では、「夏至」はどうなんだい? あれは「夏が至る」のではないのかい?
そういう意地悪をおっしゃる方もいることでしょう。でも、元来は昼夜の長さの差が一番大きくなる日を「至」と呼んだようです。つまり、「夏の至」が「夏至」、「冬の至」が「冬至」というわけです。
つっこまれる前に申し上げておけば、「春分」「秋分」だって同じこと。「分」とは、昼夜の長さが等しくなる日のことを指すのです。
それにしても、中国古代の王さまはたいへんですね。季節の巡りまで責任を持たされるわけですから。まったく、ご苦労さま、といったところです。 |
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| Q0458 |
お酒の「かん」を意味する漢字は「燗」ですが、この「月」を「日」と書いたら間違いですか? |
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図のような違いですね。ご質問をくださった方によれば、なにやらテレビ番組「平成教育学院」で、右のように「日」を書いて間違いにされたタレントさんがいらしたとのこと。うーん、困った、困った……。
漢和辞典に書いてあることを厳格に適用すると、左側の「燗」が正しい、ということになります。でも、だからといって「日」を書いては間違いかと言われると、そうも言いにくい、という事情があるのです。
「燗」から「火」を除いた部分、「門」構えの中に「月」を書く漢字は、実は「間」の旧字体にあたります。つまり、昔は「間」の「日」を「月」と書いていた、ということです。ただ、この2つは新字体と旧字体の関係とは言うものの、ずいぶん長い間、並立して使われていて、「簡単」の「簡」や「癇癪(かんしゃく)」の「癇」なども、「日」だったり「月」だったりするのです。
となると、「燗」だって、「火」へんに「間」と書いてもいいじゃないか、ということになります。実際、そう書いてある文献を見つけ出すことは、そんなに難しいことではないでしょう。しかも、この漢字は常用漢字には入っていないので、オフィシャルな意味での字体の根拠は、定められていないのです。そういう意味では、「日」と「月」のどっちを書いたところで、とやかく言われる理由はありません。
ただ、漢和辞典の世界では、伝統的に、「門」構えに「月」を書く方を正字としてきました。もし、「日」を書く方を「間違い」とするならば、それは漢和辞典にそう書いてあるから、としか言いようがないのです。間違いにされたタレントさん、ごめんなさい!
複数の字体がある漢字は、たくさんあります。その中でどれか1つ、「正しい」ものを選べ、と言われれば、そのときは漢和辞典に載っている正字をお答えいただいてかまいません。ただし、それ以外の字体を「間違い」であると言っているわけではないのです。そこのところをよくご理解いただければ、というのが、漢和辞典と日々取り組んでいる者の、ささやかな願いです。 |
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| Q0459 |
闇には音は関係なさそうなのに、どうして「門」構えに「音」と書くのですか? |
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漢字の多くは、成り立ちの上では形声文字と呼ばれています。詳しくは用語集をご参照いただきたいのですが、形声文字とは、意味を表す部分と発音を表す部分との2つの要素から成り立つ漢字のことをいいます。
発音といっても、漢字が作られたころの古代中国の発音ですから、現在の私たちの音読みとは違っているのは、大目に見ていただきたいところ。「闇」の音読みはアン、「音」の音読みはオン・インですから、「闇」の場合、「音」は発音を表す部分だということになります。
ここで、アンという音読みを持っていて、なおかつ「音」を字形の中に含む漢字を思い浮かべてみてください。すぐに、「暗」が出てくることでしょう。「闇」と「暗」の意味は、とてもよく似ていますよね。さらに「諳」を思い出す方もいらっしゃるかもしれません。この字は「そらんずる」という訓読みを持っていて、目では見ないままに文章を読み上げる、といった意味です。こうなってくると、これらの「音」は単に発音を表しているだけではなくて、何か共通の意味を持っているような気がしてきます。
実際、形声文字については、発音を表す部分が同時に意味も表すことがある、と言われています。では、「音」の場合はどんな意味を表しているのか、ということになると、例によって学説が分かれてきます。それらをいろいろと見ていくと、どうやら、形声文字の発音を表す部分として用いられる「音」には、「視覚によらない」という意味がある、というのが最大公約数のようです。
というわけで、「闇」は本来、「門」を閉じて光が入らない状態、視覚が効かない状態を表していたと理解するのがよさそうです。光がなくても音がある。そう考えれば、「闇」という漢字は、私たちにちょっとした勇気を与えてくれそうですね。 |
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| Q0460 |
イカを漢字で書くと、「烏賊」の他、「魚」へんに何かを書く漢字があるそうですが、その2つはどう違うのですか? |
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何ははともあれ、まずはその「魚」へんに何かを書くってヤツを突き止める必要がありますね。早速、小社『大漢和辞典』の「字訓索引」を調べてみると、「魚」へんに「即」を書く漢字が見つかりました。
そこで本文を見ると、この漢字には確かに「いか」という意味があるのですが、詳しい説明はなく、「魚」へんに「則」と書く漢字と同じだ、と書いてありました。そこで、そちらの方の本文をお見せしておきましょう。
これで見ると、まず最初に「烏」にこの字を書いた2字でイカなのだ、と書いてあります。そして、後の方には「通じて賊に作る」とも書いてあります。これは、発音が同じなので「賊」と書くこともある、という意味です。
あらあらあら。「魚」へんに何とか、を探してスタートしたのに、結局は「烏賊」に行き着いてしまいました。どうやら、「烏賊」と書いても、「魚」へんに「即」だとか「則」だとか書いても、意味的には違わないようです。おそらく、ウソクとかウゾクだとかいう、イカを意味する単語が先にあって、それに漢字を当てたのが、これらの漢字の由来なのでしょう。
ところで、『大漢和辞典』の「烏賊(ウゾク)」の項には、ちょっとおもしろい話が載っています。口語訳しておきましょう。
| イカはいつも水の上に浮かんでいて死んだふりをしている。それをカラスが見つけてくちばしでくわえようとすると、とたんに巻き付いてカラスを捕まえてしまう。それで「烏賊」と言うのだ……。 |
『南越志』なる本からの引用ですが、いかにも眉唾っぽいですねえ。でも、こういうお話まで載せてくれている『大漢和辞典』は、本当におもしろい本だと、私は思いますよ。 |
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| Q0461 |
「あきらか」と読む漢字はたくさんあるのに、「明らか」以外はほとんど使われないのは、どうしてですか? |
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そんなにたくさんありますかねえ……。と思ってパソコンで「あきらか」と入力して変換キーを押してみて、びっくり仰天。図は、MS-IMEで出てきた変換候補ですが、こんなにたくさんあるんですねえ。

でも、こうやって眺めてみても、どうもピンと来ない漢字ばかり。しかも「明らか」の送り仮名は「らか」なのに、この変換候補はほとんどが「か」。どうも、「あきら」と読む名前に使う漢字がずらずらっと出てきてしまった感じです。
とはいえ、「あきらか」と読み得る漢字が多いのは事実です。手ごろなところで小社『新漢語林』の音訓索引を調べてみると37字ありますし、ご存知『大漢和辞典』の字訓索引だと、な、な、なんと! 199字もの漢字が並んでいます。
ただし、これらの「あきらか」の大群は、全部が全部、実際に使われていたというわけではなさそうです。たとえば、昭和14年に初版が刊行された、塩谷温(しおのや・おん)の『新字鑑』という漢和辞典には、付録として「同訓異義」を集めたページがあるのですが、その「あきらか」には、「灼」「明」「昭」「炳」「耿」「皎」「晶」「煥」の8文字が列挙されています。このあたりが、「あきらか」の現実的なリストではないでしょうか。
これらの「あきらか」には、それぞれ微妙な意味の違いがあるわけですが、『新字鑑』の「同訓異義」では、「明」について、「すべて「くらい」ことの反対で、「あきらか」の意に広く用いられる」と説明しています。
あんまり数が多いと、使い分けるのはたいへんです。そこで、最大公約数的に「明らか」を使っておこう! それが、現在では「明らか」以外はほとんと使われなくなった理由ではないでしょうか。
数が増えすぎるとかえって衰退を招きかねない。「あきらか」の大群は、なんだか、そんな生物学的な事実を語っているようにも思われてきますね。 |
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| Q0462 |
「矍鑠(かくしゃく)」の語源を教えてください。 |
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紀元48年、後漢という王朝が支配していた中国でのこと。南方で反乱が起こったという知らせに、出陣を願い出た1人の将軍がいました。その名は、馬援(ばえん)。歴戦の勇将でしたが、すでに、数えで62歳。時の皇帝・光武帝(こうぶてい)は、老齢を理由に出陣を許しませんでした。
すると馬援、「私はまだ鎧も着られれば、馬にだって乗れます」と言って、実際に馬にまたがって、周りの者を見下ろして見せました。これを見た皇帝が笑って言ったことばが、「矍鑠としているな、このじいさんは!」
モノの本によると、以上のお話が「矍鑠」の語源だとされています。つまり、年を取っても元気でいることを「矍鑠」というのです。
この話、とてもおもしろいのですが、これが「語源」だと言われてもちょっとナットクいかない、という人もいらっしゃるのではないでしょうか。だって、「矍鑠」ということばがこの時初めて世に現れたのだとすれば、いかに皇帝陛下のおっしゃることとはいえ、周りの人にはなんのことだか意味がわからなかったに違いないからです。
「矍鑠」ということばは、その発音から推測して、おそらく擬態語だと思われます。「矍」「鑠」という漢字は当て字のようなもので、それほど深い意味はありません。現代日本語に翻訳すれば、「ピンピンしている」といった雰囲気でしょうか。
もし、光武帝がこのことばを創ったのだとすれば、それは、その場の馬援将軍の様子をうまく表現した、なにか新鮮な擬態語であって、それがあまりにもぴったりしていたために定着したものだと思われます。
1980年代、「ルンルン」という擬態語を世に広めたのは、作家の林真理子さんでした。ひょっとすると光武帝という人には、流行語を生み出す才能があったのかもしれませんね。 |
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| Q0463 |
住民票を見たら、自分の名前の「藤」の字が、なんか微妙に違ってました! 「藤」にも旧字体があるんですか? |
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『大漢和辞典』で「藤」を探すと、図のような漢字が正字だとして載っています。これが、「藤」の旧字体で、私たちが日ごろから使っている「藤」との違いは、赤で○を付けた4個所です。
4個所とはいいつつ、「八」のような点は2つで1組ですから、実質3個所の違いです。ただ、現実には、この3個所がいろいろと組み合わさって、たとえば「草かんむり」はそのままだけど「月」の部分は旧字体で「八」は新字体とか、「草かんむり」は旧字体で「月」はそのままだけど「八」は旧字体とか、さまざまな異体字を生む可能性があるでしょう。
それだけではありません。この字は、時には図のような異体字を生み出すこともあります。「滕」の右半分が「泰」と書かれるケースですが、このようにして、「藤」の異体字はどんどんバリエーション豊かになっていくのです。
質問をくださった方の住民票が、実際にどんなふうに「微妙に違って」いたのかは存じ上げませんが、ご紹介したのは、ほんの一例。現実とは、予想をはるかに上回って、いろいろなことが起こるものなのです。 |
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| Q0464 |
会社の書類に「反って」と書いたら、上司に「却って」が正しいと直されてしまいました。この2つには違いがあるのでしょうか? |
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予想していたのとは反対の結果になったとき、日本語では「かえって」ということばを使うことがあります。漢字で書くときには、「却って」と「反って」のどちらを使っても間違いではありません。
「反って」がよく使われている小説に、川端康成の『雪国』があります。1個所だけ、引用しておきましょう。
| そう言って、気のゆるみか、少し濡れた目で彼を見上げた葉子に、島村は奇怪な魅力を感じると、どうしてか反って、駒子に対する愛情が荒々しく燃えて来るようであった。 |
葉子と駒子という二人のヒロイン。その葉子に魅力を感じると「かえって」駒子に対する愛情が燃え上がる。まったくいい気なものですが、それはともかく、少なくともこの作品では、川端の「かえって」には「却って」はありません。
ただ、別に上司の方におもねるわけではありませんが、現在では「反って」よりも「却って」の方がよく使われる傾向があるようにも思います。その理由ははっきりしませんが、「反」は日常よく使う、字画の少ない簡単な漢字なだけに、なんとなく「予想を裏切って」という場面にはそぐわない、と感じられるのかもしれません。
というわけなのですが、さてさて、上司に従うか、ノーベル賞作家に従うか。その判断は、質問をくださった方ご自身にお任せしましょう。だって、上司に逆らうというのは、時には人生がかかってきますからねえ。くれぐれも、慎重にお考えくださいよ……。 |
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| Q0465 |
「驀地」と書いて、なんと読むのですか? |
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「驀」なんて、見慣れない漢字ですよね。ブラウザの画面だと細かいところがよくわからないかもしれませんから、拡大して図に掲げておきましょう。
さて、この漢字、「馬」が入っていますが、本来は馬に乗って走ることを意味する漢字です。そこから転じて「一直線に」といった意味で使われることがあります。音読みではバクです。
では、「驀地」とは「地面の上を一直線に」といった意味になるかといえば、ちょっと違います。「地」には実は、中国語では副詞を作る接尾語になる、というむずかしい働きがあって、この「驀地」の場合も、その働きをしているのです。それは、簡単に申し上げると、この「地」にはそんなに深い意味はなく、「驀地」とは「驀」1字とほぼ同じ意味、「一直線に」という意味になる、ということです。
さて、この熟語の読み方ですが、音読みでバクチ、と読むことも、もちろんあります。ただ、やっぱりそれだとあちら方面に連想が働くからでしょうか、そうは読まないで、二字でまとめて「まっしぐら」と読むことの方が多いようです。
これは、明治の小説などを読んでいるとよく出会う熟字訓です。たとえば、夏目漱石がロンドン留学中、自転車に乗る練習をした際のことを記した「自転車日記」の中に、次のようにあります。
| わがいわゆる乗るは彼らのいわゆる乗るにあらざるなり、…(中略)…人をもよけず馬をも避けず水火をも辞せず驀地に前進するの義なり、 |
あの漱石が、自転車を相手に四苦八苦している様子が、よく伝わってきますよね。 |
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| Q0466 |
「頑」や「殻」の左半分のうち、最後に書く部分は、フォントによって右上にはね上げていたりそうでなかったりするみたいなのですが、手書きの場合はどちらがよいのですか? |
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まずは、問題点を画像で確認しておきましょう。右の赤丸で囲った部分です。これは、手書きと活字との違いというよりは、書きやすさやデザイン上の問題だと思います。
この両方の漢字とも、問題の部分を書くとき、上から下ろしてきた筆を気持ちよく右へとカーブさせて、元気よく真上へとはね上げたいところですが、「頁」や「殳」といった邪魔者があるために、十分なスペースが確保できません。そこで、そのフラストレーションを解消するために、カーブをはしょって一気に右斜め上へとはね上げてみようとする人がいる、というわけです。
以上は、手書きの場合の説明ですが、活字であっても、問題の部分が窮屈であることは同じです。そのため、デザイン上、手書きと同じようにはね上げることがあるのです。
ただ、ちょっととまどうのは、このフラストレーション解消法、いつでも、だれでもが実行している、というわけではないことでしょう。最初にお示しした画像でも、左の明朝体では「頑」だけがはね上げ、右の教科書体では「殻」だけがはね上げています。同じフォントの中でも、一貫していないことが多いのです。
そこを一貫させなさい、というのは、正しい主張ではありますが、現実は常に正しいものばかりとは限りません。字形をめぐる他の多くの問題と同様に、どちらでもいい、と理解しておく方がよさそうです。
だって、正しい、正しいの一点張りでは、息が詰まりそうでしょう? それじゃあ、フラストレーションがたまる一方ですからね。 |
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| Q0467 |
「莉」という漢字を漢和辞典で調べても、意味が載っていないのですが、どうしてですか? |
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そういうご質問、ときどきいただくことがあるんですよね……。
別に、漢和辞典に「莉」という漢字が載っていない、というわけではないのです。ただ、そこを読んでみても、「意味」が書いてあるような気がしないのだろうと思います。たとえば、小社『新漢語林』では、次のようになっています。
これだけです。「茉莉」の意味はわかったけど、「莉」の方はどこへ行っっちまったんだい? という人がいても、おかしくはありません。これは別に『新漢語林』だけの問題ではなくて、他社さんから出ているどの漢和辞典を調べてみても、似たようなものなのです。いったい、どうしてなのでしょうか。
それは、「莉」は単独ではほとんど意味がない漢字だからです。小社『大漢和辞典』を調べてみても、この漢字は、姓に使われることがあるくらいで、それ以外の単独の用例は示されていません。特に現代では、「茉莉」以外ではこの漢字は使わないと考えてよいでしょう。
Q0373でもご紹介しましたが、漢字の中には単独では意味を持たないものも存在しています。でも、だからといってこういった漢字の存在そのものに意味がないかというと、そんなことはありません。
他と結びつくことで初めて意味を持つなんて、なんとも控え目でおくゆかしい漢字じゃありませんか。つまらないことで出しゃばってしまう私としては、「爪の垢でも煎じて飲ませてもらえば」という声が聞こえてきそうです。 |
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| Q0468 |
「草かんむり」の下にフォークを4本クロスさせて置いたような、珍しい形の漢字を見かけたのですが、あれは何者ですか? |
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ジャジャーン! これがその漢字です。小社『大漢和辞典』の中でも、「索引」巻の「補遺」という部分に載っている漢字で、形の奇抜さという点では、『大漢和』5万字の中でも、まずトップクラスのものでしょう。
この漢字は「葵」の本字だとされていて、紀元1世紀ごろに中国で作られた漢字字書『説文解字(せつもんかいじ)』に載っている漢字です。下図はその該当部分で、左端に載っているのが「葵」です。
この字書では、篆文(てんぶん。篆書とも)という古い形の漢字の基づいて、1つ1つの漢字の成り立ちを説き明かしているのですが、「葵」という漢字は、篆書では形が違っていて、図の「葵」のすぐ下に出ている字のように書いたらしいのです。そこでこれを楷書(かいしょ)にしようとすると、「草かんむり」だけは楷書にできるものの、フォーク4本はどうしようもなく、世にも奇妙な漢字が生まれてしまった、というわけです。
では、このフォーク4本はどういう意味なのかというと、もうお分かりのように、「癸」の古い形だとされています。ただし、「癸」は干支の1つ「みずのと」ですが、フォーク4本との関係には、解釈がいろいろあります。中にはやはり、フォークではないものの、先が割れたヤリのような武器を4本置いたものだ、という説もあるようです。
まあ、こういう漢字は、知っていても何の役にも立たないですね。でも、それが分かっていてもやめられない、というのが漢字の世界。私のようにそれが仕事になってしまったかわいそうな人はともかく、一般市民のみなさまには、ほどほどにしておかれた方が、身のためかもしれませんよ。 |
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| Q0469 |
「暴」という漢字の成り立ちについて、教えてください。 |
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いろいろと調べてみたところ、どうもこの漢字の成り立ちについては、よくわからない部分が多いようです。
一般に、漢和辞典を調べると、この漢字の篆文(てんぶん。篆書)としては、図のような形が掲げられています。なんとも好奇心をそそる、奇妙な形をしていますが、この篆文が何を意味するのかについては、諸説紛々です。
その諸説ある中のいくつかに共通しているのは、この字が動物と何らかの関係を持っている、ということです。動物といっても、動物園に出かけて見るような、ほのぼのとした癒し系のイメージを抱いてもらっては、困ります。この字は、動物の死骸を太陽の光に当てて乾かすようすを表している、というのです。
「暴」に「日」が含まれているのはそのせいで、この字は本来、太陽の光に当てて乾かすことを表していたと言います。現在、私たちが使う用法では、「暴露」の「暴」がこれに当たり、訓読みすれば「さらす」となります。
「暴」という漢字を目にしてだれもがすぐに思い出すのは、「暴力」の「暴」、訓読みでは「あばれる」となる用法でしょう。こちらの用法は、「さらす」から転じて生じた用法のようです。ちなみに、「暴」という漢字は、「さらす」という意味の場合は音読みではバク、「あばれる」の場合はボウと読み分けますから、注意が必要です。
いったい何のために、動物の死骸を日にさらす必要があるのか。そこには、古代中国の人々の宗教上、あるいは生活上の習慣が投影されているのでしょう。漢字とは、単にことばを書き写すものだけに止まらず、古代の人々の生活を今に伝える、タイムカプセルでもあるのです。 |
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| Q0470 |
「育」には上の方を3画で書く旧字体があるみたいですが、常用漢字でない「轍」のような漢字も、「育」と同じように4画になっていることが多いのは、どうしてですか? |
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たしかに、多くの漢和辞典では、「育」の旧字体として、図の左側のような漢字を立てています。その理由ははっきりしていて、「育」は篆文(てんぶん。篆書)では図の右側のような形をしているからです。この篆文の上側の形は、「子」を上下逆にしたもので、子どもが頭を先にして生まれてくることを表しているとされています。そこで、「育」も本来は、上側の部分を3書くで書かなくてはならない、というわけです。
以上は、議論の上では何も問題もないのですが、ただ、「育」はもうずいぶんと長い間、上側を4画にして書かれてきた、という現実があります。実際のところ、漢字の字体の規範とされる『康熙字典(こうきじてん)』でも、4画の「育」を基本として説明がされていて、3画の字は、本来はこちらが正しいという意味で、「本字」として説明されています。実際のところ、『康熙字典』で「撤」「徹」「轍」などを調べてみても、すべて「育」は4画の形だけになっています。
そこで、漢和辞典としては2つの道があることになります。1つは、理論的な正しさを重視して、4画の「育」に対して、3画のものを旧字体として立てる道です。その場合、「撤」「徹」「轍」などにもこれを及ぼさなくては、筋は通りません。たとえば、常用漢字の「撤」「徹」にはやはり旧字体を立て、常用漢字でない「轍」は問題の部分を3画とした形を基本として、念のため4画も異体字として採用する、といった具合です。これは美しい道ですが、「育」を含む漢字がすべて2種類になってしまうという煩雑さがあります。
もう1つは、現実を重視して、「育」の上側の部分はすべて4画としてしまう、という道です。こちらは気楽ではありますが、「育」の本来の形を示すことはできない、という欠点があります。
結局のところ、多くの漢和辞典は、この両者の中間の道を採用しているようです。それは、「撤」「徹」「轍」などは全部4画の「育」だけにしてしまって、しかし「育」の本来の形だけは示す、という方法です。
妥協と言われればそれまでですが、人生には妥協はつきものです。そういう人間臭いものとして、漢和辞典を温かい目で見ていただければ、幸いです。 |
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| Q0471 |
体育の授業で、記録は取らずにとにかく20分走り続けたことがあるのですが、これを漢字で書くと、「20分間走」「20分完走」のどちらが正しいのでしょうか? |
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とにかく20分、ですか。ジョギング好きにはもの足りず、ジョギング嫌いには苦痛そのもの、という感じですね。なんにしろ、お疲れさまであります。
それはともかく、「20分間走」「20分完走」の違いですが、構成の上から考えると、前者は「20分間/走」で、後者は「20分/完走」となります。「20分間/走」は、「20分/走」と省略したって、意味は変わりません。とすると、両者の違いは「完」にあると考えてよいでしょう。
つまり、「20分間走」は20分走ったことただそれだけを言っているのに対して、「20分完走」の場合は、20分を「完全に」走り切ったぞ、というニュアンスを込めて言っていると思われます。両者の違いは、意味内容としての違い、事実としての違いというよりは、ニュアンスの違いなのです。
ニュアンスの違いに関して、どちらが「正しい」と決めるのは、むずかしいことです。なぜなら、ニュアンスとはそのことばが使われる状況の中で判断されるべきことだからです。ジョギング好きの人から見れば、20分くらいはわざわざ「完走」と言うまでもない時間でしょうし、反対に、ジョギング嫌いの人からすれば、息も絶え絶え、なんとか「走りきったぞ」というわけで、「完走」と言いたくなるかもしれません。
ことばに関する問題の多くは、このように、そのことばが使われる状況に応じて考えるべきで、そのことばを単独で抜き出して論じても、どちらが「正しい」と決めることはできないものです。逆に言えば、「20分間走」「20分完走」のどちらで書いたかによって、その人の好き嫌いがわかってしまうかもしれない、そのあたりにこそ「ことばのおもしろさ」があるのではないでしょうか。
かくいう私はと申しますと、もう長い間、ジョギングなどしてないですねえ。やっぱり、「完走」と言いたくなるでしょうね……。 |
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| Q0472 |
「姫」の旧字体の右側は、「頤」の左側の形の場合と、「熙」の左上の形の場合とがあるようですが、どちらが正しいのですか? |
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微妙な字形の問題なので、まずは図で確認しておきましょう。「頤」の左側の形の場合とは、図の左側の漢字、「熙」の左上の形の場合とは、右側の漢字となります。
さて、たまには結論から申し上げるとすれば、「姫」の旧字体としては、図の左側の漢字の方が「正しい」ということになります。おそらく、種々の漢和辞典を調べてみても、右側を挙げているものはほとんどないのではないかと思われます。
ところで、「熙」を漢和辞典で調べてみると、旧字体は「煕」だと載っています。とすると、本来同じ形をしていたものが、「姫」と「熙」とでは違う形になって新字体に採用されたことになります。ここには、ちょっとややこしい事情があります。
上図の左側の漢字(「姫」の旧字体とされるもの)と「姫」とは、本来は別々の漢字でした。私たちが現在、音読みでキ、訓読みで「ひめ」として何の疑いもなく使っている「姫」という字は、本来は音読みでシン、訓読みするなら「つつしむ」となる漢字だったのです。
ただし、この「姫=つつしむ」の本来の用法はあまり用いられなかったらしく、遅くとも5世紀ごろには、すでに上図の左側の漢字の略字として「姫」を用いる用法が現れています。この2つの漢字が異体字の関係となるのはそれ以後で、おなじみの新字体の「姫=ひめ」という用法は、そこに由来しているのです。
一方、「熙」の方は、1991年に人名用漢字に加えられた際に初めて新字体が制定された漢字です。この漢字も、いろいろな形の略字体があったようです。なにしろ使用頻度の高くない漢字ですから、略字も安定しなかったのでしょう。その中から、人名用漢字に入る際に選ばれたのは、「熙」でした。「姫」との歴史的な経緯の差が、新字体の上での字形の差となって現れているといえるでしょう。
元は同じ形なのに、不統一といえば不統一です。でも、漢字の世界には、こういうことは時々あります。元は同じといっても、別々の漢字の一部分になってしまえば、後はそれぞれにそれぞれの運命が待っている。当たり前のことではありますが、なにやら意味深な気もいたしますね。 |
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| Q0473 |
「魚」の下の点4つの部分が「火」になっている漢字というのは、ありますか? |
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「魚」の下の部分が「大」になっている漢字については、Q0196でご紹介をしました。こんどはそれが「火」になっている漢字ですが、これも、実在します。
図は角川書店の『書道大字典』から、ちょっと拝借させていただきました。ともに唐王朝のころ(紀元7~9世紀ごろ)に作られた石碑に書かれている漢字です。今から千数百年も昔に、こんな漢字があったのです。
「魚」という漢字は、見ておわかりの通り、さかなの絵から出来上がった象形文字です。点4つの部分は、尾びれを表していると見て、問題ないでしょう。その尾びれが「火」になってしまうのは、いかにも妙な感じもしますが、別に驚くことではありません。
図は、「魚」の篆文(てんぶん。篆書)。これを見ると、問題の尾びれが、もともと「火」と似た形で書かれていたことがわかります。つまり、尾びれが「火」のような形になったのは、絵から文字へと漢字が発展していく過程で、偶然生じたことなのです。
ただし、漢和辞典でこの「火の魚」を探そうとしても、ほとんど見つからないことでしょう。篆文から楷書へと漢字の書体が変化していく中で、「火の魚」はだんだんと衰退して、ふつうの「魚」だけが残ったのです。そこで、「火の魚」はいわゆる異体字として扱われることになりますが、実際には、ほとんどの漢和辞典では収録していないのがふつうです。
「大の魚」の場合は、魚屋さんやお寿司屋さんで需要があるのですが、「火の魚」には、そういうお呼びもかからないようです。焼き魚はたしかにおいしいですが、尾びれに火がついてしまっては、焦げ臭くて食べられませんからね。 |
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| Q0474 |
「鮮」の成り立ちを教えてください。 |
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「魚」と「羊」が一緒にいる。これは、よっぽど変わった動物園か、よっぽど変わった食品売り場に違いありません。悩んでしまうのもごもっともです。
実際のところ、この漢字の成り立ちについては、学者の先生方もお悩みのようです。例によって定説があるわけではないのですが、大きく分けて2つの説があるようです。
1つは、文字通り「魚」と「羊」を組み合わせた会意文字であるとする説。ともに新しい肉でなくては食べられないところから、この2つを合わせて「新しい」「取れたての」という意味を表す、という説です。ただし、「牛」だって「豚」だって、できることならば新しいお肉でいただきたいものだなあ、と感じるのは、私だけではないでしょう。
もう1つは、この字の「羊」というのは、本来は「羊」を3つ書く図のような漢字の省略形だ、とする説です。この字の音読みはセンですから、「鮮」は、「魚」へんに音読みセンを表すこの字を組み合わせた形声文字だ、ということになります。この字は「羊のにおい」という意味で、そこで「鮮」は、においのする魚というところから、「なま魚」という意味を表すようになった、というのがこちらの説です。とはいえ、においを表したいならなにも「羊」でなくったって、と思ってしまうのは、やはり私だけではないでしょう。
どちらが正しいのかについては、学者の方々の研究にお任せすることにいたしましょう。いずれにしろこの漢字は、「においたつように新しい」という意味を基本として持っているようです。「新鮮」「鮮やか」といった使い方の奥底には、そんなイメージがあるのです。 |
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| Q0475 |
漢和辞典を調べていたら、「零」に「こぼれる」という意味が載っていたのですが、なぜゼロにこんな意味があるのでしょうか? |
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ゼロといえば、現代を生きる私たちにとっては、特にむずかしいことばでもなんでもありません。しかし、「何もない」ということを、1とか2と同様に数の一種として考えることは、実はそんなに昔からあった考え方ではないのです。
ゼロという概念を初めて考え出したのはインド人で、それはだいたい7世紀ごろのことだったと言われています。一方、漢字の「零」は紀元前の昔から使われていますから、ゼロが誕生するよりはるかに前から「零」は存在していたことになります。
「零」の一番最初の意味は、「雨だれ」だったとされています。それが、屋根から雨だれが「こぼれる」「したたる」という意味に発展し、さらには「こぼれたもの」「あまり」という意味でも使われるようになりました。
この「あまり」という意味が数に対して用いられた場合、「端数」を表すようになります。そして、それが「ごく小さな数」となり、やがては「何もない数」、ゼロを表すようになっていったようです。
中国科学の歴史を研究したイギリスの学者ニーダムによれば、「零」がゼロの意味で使われ出すのは、明王朝の時代(14~17世紀)のことのようです。ただし、それ以前から記号「○」をゼロの意味で用いることはあったようで、この「〇」の読み方と「零」の発音が同じだったことから、「零」が「〇」の代わりに用いられるようになったのではないか、というのがニーダムの説明です。
ただ、ニーダムはその大著『中国の科学と文明』(邦訳は思索社)の中で、続けて次のような興味深い発言もしています。
| 古い文字(「零」のこと――引用者注)の起用は、それがずっと‘余り’を意味していたという理由のみならず、〇記号が球状の雨滴のような形であったという理由によっても行われたものであろう。 |
ちょっと「深読み」すぎる気もしますが、詩のような雰囲気もあって、なかなかおもしろい説ですよね。 |
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| Q0476 |
「糸」の画数は6画だそうですが、字を見る限りでは7画になりそうに思うのですが……。 |
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この字も、画数の数え方がむずかしい漢字の1つです。その原因は、Q0029やQ0118などでもご説明した、手書きと活字との字体の違いにあります。
一般に活字の場合、「糸」は図の左側のような形をしています。一方、手書きの場合には右側のように書くのが「正しい」とされています。両者の違いは、赤く○を付けた部分にあります。
活字のデザインでは、画の折れ曲がった部分を強調して、あたかも折れ曲がりが突き出ているようにデザインされることが多くあります。そこで、この部分を活字の見た目通りに手書きで書くとすると、本来は1画で書くものが2画になってしまうのです。その結果、「糸」の場合は、6画から7画、8画まで、画数の可能性が広がってしまうことになるわけです。
この問題を防ぐため、最近の漢和辞典では、常用漢字レベルの漢字には、手書きに似せてデザインされた活字で筆順を示してあることがほとんどです。画数に関しては、それを参考にして数えるようにしてみてください。
なぜ、そんなヤヤコシイことになっているのか? この疑問については、文字とはそういうものなのです、としかお答えしようがありません。いつも同じセリフで恐縮なのですが、ローマ字にだって、ブロック体と筆記体があるじゃないですか。見かけに惑わされずに実態を見つめる力が大事なのは、漢字の世界だけではないのです。 |
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| Q0477 |
「創」には「つくる」「きず」という2つの意味がありますが、このようにいい意味と悪い意味を両方持っている漢字は、他にもあるのですか? |
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とってもユニークでおもしろいご質問ですが、とってもお答えしにくいご質問でもありますね!
そもそも、なにをもって「いい意味」と「悪い意味」としましょうか? 人間万事塞翁(さいおう)が馬、いいことと悪いことは背中合わせです。何かを作ろうとしてかえって傷を広げてしまうこともあれば、傷を受けた経験が新しいものを作るのに役立つこともあります。
とまあ、そんなムズカシイことは考えないで、思いつくままに並べてみると……。
たとえば「滑」。「滑らかに動く」「滑らかな肌」などの「なめらか」はふつうはいい意味でしょう。しかし「滑る」となると、いまをときめくフィギュアスケートの女神たちならともかく、たいていの人にとっては手痛い経験になるはずです。
たとえば「屑」。ふつうは「くず」と読みますが、この漢字には「いさぎよい」という意味もあります。2004年に人名用漢字が追加された際には、この「いさぎよい」という意味が評価されて、人名用漢字入りを果たしました。
「妙」なんてのも、おもしろいかもしれませんね。「奇妙」「妙なおじさん」の場合には、明らかに悪い意味。でも「絶妙」「妙技」などは、これは最高にいい意味でしょう。
漢字は、1文字でさまざまな意味を持っています。その中から、たとえばご質問のようにいい意味と悪い意味を合わせ持つものを求めて、漢和辞典をあちこち眺め回してみる。また他のテーマを決めて、漢和辞典をひっくり返してみる。これは、なかなか楽しい、暇つぶしになりますよ。
でもそれが、みなさんの人生にとっていいことなのか悪いことなのかは、存じ上げませんが……。 |
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| Q0478 |
「1つ」「2つ」……と書いて「ひとつ」「ふたつ」……と読ませることがありますが、アラビア数字にも訓読みがあるのですか? |
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漢字は表意文字だ、と言われます。アルファベットが発音しか表していないのに対して、漢字は意味も表すからです。でも、漢字以外にどんな表意文字があるかと聞かれたら、ちょっと返事に困ってしまう人も多いのではないでしょうか。
その答は、意外と身近なところにあります。アラビア数字も、表意文字なのです。「1」「2」「3」……と書けば、その意味するところは世界中どこへ行っても、不変だからです。
では、アラビア数字の読み方はどうでしょうか。「1」は英語ではワンと読み、イタリア語ではウノと読み、中国語ではイーと読み、日本語ではイチと読む、といった具合に、その言語に応じてアラビア数字の読み方は変化します。つまり、アラビア数字は意味を表しているだけで、どう発音するかはその言語に任されている、というわけです。
ところで訓読みとは、漢字が本来持っていた中国語としての意味を、日本語に翻訳して読む読み方のことです。ですから、漢字ではないアラビア数字には、もともと音読みも訓読みも関係ないはず……。ただ、そういう意地悪を言わずに考えてみるならば、「1」をイチと読むのは、このアラビア数字が持っている意味を日本語に翻訳している、と見ることができます。つまり、日本語に翻訳しているという点で、「1」をイチと読む読み方も、訓読みと限りなく似ているのです。
とすれば、「1」の意味を、イチと同じ意味を表す別の日本語「ひとつ」に翻訳して読んだとしても、そんなにおかしなことではないでしょう。「1つ」「2つ」「3つ」といった書き方がされることがある理由は、ここにあります。特に横書きの場合、数字はアラビア数字を使って書いた方が読みやすいこともあって、この書き方がされることは少なくありません。
何を隠そう、当「漢字文化資料館」も、この書き方を採用しています。“漢字の殿堂”のはずなのになぜ? と首をひねる方もいらっしゃるでしょうが、この書き方は、表意文字とその読み方について、いろいろと考えさせてくれるいい実例でもあるのです。 |
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| Q0479 |
「年」という漢字の成り立ちについて教えてください。 |
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この漢字ほど、身近でありながら、独特な形をしている漢字もないでしょう。どう分解しても他の漢字は含まれていそうにないですし、どう組み合わせても、他によく知られた漢字が生まれそうな気配もありません。
「年」を篆文(てんぶん。篆書)にまでさかのぼると、図のような形をしています。この上半分は「禾(のぎ)」、下半分は「千」です。この「禾」と「千」を組み合わせた漢字が、だんだんと変化して現在のような字形になったのだと言われています。
「禾」は、「種」「稲」「穂」などの部首となっていることからもわかるように、「穀物」を表す漢字です。「年」にもこの意味は生きていて、本来、「年」とは穀物が実ることを意味していて、それが転じて、実りの周期、一年を表すようになったとされています。
ここで問題なのは、「千」の位置づけでしょう。「禾」に「千」を加えて、どうして「穀物が実る」という意味になるのか? 「千」は数が多いことを表しているのだとか、いやいや、この「千」は単に発音を表しているだけで「年」は形声文字なのだとか、例によっていろいろな説があるようです。
生い立ちがいずれであったにしろ、「年」にとって重要だったのは、「穀物が実る」意味から「とし」の意味へと変化したことでしょう。その結果、「年」はひんぱんに使われる漢字となったのです。そう考えると、「年」の字形が崩れて独特の形になったのも、くり返しくり返し、いろいろな人によって書かれ続けてきた結果なのだろうと、感じ入ってしまいます。
我が身を崩してでも、人様のお役に立ってきた。――なんともカッコイイではありませんか、「年」ってヤツは! |
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| Q0480 |
「愈」という漢字には「いよいよ」という訓読みがありますが、この漢字に「いよいよ」という意味はあるのですか? |
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訓読みとは本来、中国語としてその漢字が表していた意味を、日本語に置き換えたものです。つまり、訓読みはそのまま、その漢字の意味を表しているわけですから、「愈」に「いよいよ」という意味があることは、言うまでもありません。
ただ、ややこしいのは、日本語の「いよいよ」にはいくつかの意味があって、その全てが「愈」の意味として当てはまるわけではない、ということです。たとえば小社『明鏡国語辞典』で「いよいよ」を調べると、次のように説明されています。
(1)よりいっそう程度が高ま(って最終的な段階に至)るさま。ますます。いっそう。「雨は―激しさを増してきた」
(2)時を経て、ついに重大な局面に至るさま。「―決断すべき時がきた」
(3)事が進んで、確かさが決定的になるさま。「交渉の決裂は―明らかとなってきた」 |
このうち、漢字の「愈」が本来持っている意味として当てはまるのは、(1)のうち、( )を抜いた部分くらいのものでしょう。この漢字は、程度がだんだん高まっていくことを表してはいるのですが、それが「最終的」「重大な」「決定的」といったところにまで達して云々というニュアンスまでは、表してはいないのです。つまり、日本語の「いよいよ」と中国語の「愈」との間には、微妙なズレがあるのです。
では、(2)や(3)の意味の「いよいよ」を漢字で「愈」と書くと間違いかというと、そうでもありません。一度、「愈」に「いよいよ」という訓読みを与えてしまうと、あとは郷に入れば郷に従え、日本語の「いよいよ」と全く同じように使ってしまうのが、日本人の融通無碍なところです。
こういった現象は、漢字の世界ではよく見られます。もともと別の言語だったのものを借りてきているわけですから、微妙に違っていても当たり前と言えば、当たり前。その微妙さ加減を探っていくのも、漢字のおもしろさの1つなのです。 |
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| Q0481 |
ツツジは漢字で「躑躅」と書きますが、2文字とも「足へん」です。どうしてですか? |
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「薔薇」はバラ、「葡萄」はブドウ、「菖蒲」はアヤメ。いかにむずかしい漢字でも、「草かんむり」が付いててくれれば、草花の名前であることはわかります。でも「躑躅」ときた日には、これがあのきれいなツツジを表すなんて! 難読漢字のクイズによく出題されるのも、もっともです。
この「躑躅(音読みではテキチャク)」を小社『大漢和辞典』で調べてみると、意外なことがわかります。まず最初に出てくる意味は、「足で地をうつ」。2番目は「行きつもどりつする」。3番目は「躍(おど)りあがる」。てな具合で、なかなかお目当てのツツジが出てこないのです。
でも、「躑躅」の意味が本来はこの3つだったとすれば、「足へん」が付いているのはナットクできるところ。でも、こんな意味を持つ漢字2文字が、どうしてツツジの花を表すことになったのでしょうか。
『大漢和辞典』の「躑躅」のところでは、ツツジという意味が書かれているのは4番目になるのですが、そこに、「羊躑躅(ヨウテキチャク。ツツジの一種)」に関連して、5~6世紀ごろの学者・陶弘景(とうこうけい)の意見として、次のような興味深い話が載っています。
| 羊がその葉を食べると、「躑躅」して死ぬ。それで「羊躑躅」というのだ。 |
また、別の本には、次のようにあるとも書いてあります。
| 食べれば死ぬので、羊たちはこの葉を見ると「躑躅」して散り散りに分かれてしまう。だから「羊躑躅」という名を付けたのだ。 |
どちらの場合も「躑躅」するとは、「おどり上がる」ことなのでしょうか? 後の説では、羊さんもちょっと賢くなったようですね。
何にしろ、このあたりが、ツツジを「躑躅」と書く由来のようです。でも、本当でしょうかねえ。ちょっと、おもしろすぎやしませんかねえ。 |
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| Q0482 |
「身支度」と「身仕度」には、何か使い分けがあるのでしょうか? |
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国語辞典で「したく」を調べてみると、書き方としては「支度」「仕度」の両方が載せられています。つまり、例によって「どっちでもいい」というヤツで、特に使い分けがあるわけではありません。
しかし、漢和辞典で調べてみると、ちょっと違ったことがわかります。小社『大漢和辞典』には、「支度」は載っていますが「仕度」は載っていないのです。
「支」という漢字は、「ささえる」という意味でおなじみですが、実は「はかる」という意味も持っています。「度」の方にも同じような意味があって、「支度」の2文字で「計算する」という意味になる、というのが、この熟語の本来の意味だったようです。
この「計算する」が、「前もって計算する」となり、それが「前もって準備する」という意味に変化していった結果、現在、私たちが使っている「支度」という熟語が生まれたのでしょう。
一方の「仕度」は、どうやら本来は当て字だったようです。日本語の「し」というのは実は厄介者で、一種の当て字が用いられているのに、いかにも正式な書き方のように居座ってしまうことが、よくあるのです。
たとえば、「試合」と書いても、現在ではだれも当て字だとは思わないでしょうが、「しあい」は本来、「○○しあう」から来ていることばで、「試」という漢字を用いるのは、当て字の一種です。また「仕事」も同様で、この「し」も本来「する」の活用形ですから、「仕」と書くのはやはり当て字です。
「当て字」というと、なにかイケナイことのように思われがちですが、私たちは知らないうちに当て字を使っていることもあるのです。なんだか詐欺にあったような気がする方もいらっしゃるかもしれませんが、これらの当て字は、使ったからといって害があるわけではありません。そう思って見ると、なかなかかわいいヤツらじゃありませんか。 |
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| Q0483 |
広島県に三次市という市がありますが、「三次」と書いてどうして「みよし」と読むのですか? |
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広島県の三次という地名は、平安時代に作られた『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』という辞書にも出ているので、かなり古くからある地名です。ただ、どうして「次」を「よし」と読むのか、県外の人からすれば、難読地名の1つでありましょう。
『倭名類聚抄』よりも1世紀ばかり遅れて作られた『類聚名義抄(るいじゅみょうぎしょう)』という辞書を調べてみると、「次」という漢字にはいろいろな読み方があったことがわかります。まずは、「つぎ」「ついで」。これらは、現在でも使われる読み方です。続いて、「やどる」となると、ちょっと意外に感じるかもしれません。でも、「東海道五十三次」を思い出せば、納得できるのではないでしょうか。他にも、「たすく」とか「ならぶ」とか、どうしてそう読むのかちょっととまどうものが、たくさん載っています。
そんな中に、「よし」もあります。つまり、昔は「次」を「よし」と読むことがあったわけで、「三次」はそれに従っただけだ、という可能性が高いのです。
では、どうして昔は「次」を「よし」と読んだのか?
残念ながら、その答えはよくわかりません。『大漢和辞典』の「次」のところを何回読んでみても、「よし」に直接結びつくような意味は載っていないのです。
ひょっとすると、「○○する時」というような意味で用いる「次」が変化して、「○○する理由」というような意味となって「よし」と読まれたのか。あるいは、「二番目」という意味の「次」が、「二番目に良い」ということになって「よし」と読まれたのか。
私が思いつくのはこんな程度です。ただ、こういうふうに、ああでもないこうでもないと考えるのは、頭の体操になります。いい説明を思いついた方、ぜひともご一報ください。 |
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| Q0484 |
学校で、「離」という漢字の左下の部分は、「偶」の右下の部分と同じように書かなくては間違いだと聞いたのですが、本当ですか? |
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ややこしいので図で示すと、赤丸を付けた部分の違いですよね。
こういう場合にまず真っ先に参照すべきなのは、『常用漢字表』ですが、この表に掲載された「離」は、図の左側と同じく、問題の部分は「ム」の形をしています。また、18世紀に中国で編纂された『康熙字典(こうきじてん)』その他、いろいろと調べてみても、問題の部分を図の右側の赤丸の部分と同じようにしてあるものは、まず見当たりません。
では、問題の部分はカタカナのムと全く同じように書いてよいかというと、必ずしもそうとは言えません。なぜならこの部分は、Q0035でご説明したような理由で、一般に3画で数えるからです。そこで、画数通りに書こうとするならば、カタカナのムとは少し違って、左下の折れ曲がりの部分で一度切って書かなければならない、ということになります。学校の先生が「偶」と同じように、とおっしゃったのは、おそらく、このことではないでしょうか。
漢字には、「正確さ」を求めようとすると、このようにずいぶんと細かい点にまで注意を払わなくてはならない、という側面があります。ただし、その「正確さ」にこだわりすぎてしまうと、実生活では窮屈すぎてしかたがない、ということにもなりかねません。書き取りテストのときはともかく、それ以外ではあまりこだわりすぎないことも重要です。 |
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| Q0485 |
「雷」4つ書く漢字や、「雲」4つ書く漢字は、それぞれどんな読み方をする漢字なのですか? |
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この「なんとかを4つ」というヤツは、なぜだか広く世間の皆々様のご興味を惹くようで、お問い合わせを受けることがよくあります。その興味を満たしたくなったら、まず図書館へ出かけて、小社『大漢和辞典』を探してましょう(公共図書館には、たいてい買っていただいております!)。
さて、『大漢和辞典』を見つけたら、「索引」と書いてある巻を引っ張り出します。調べたいのは「なんとか4つ」、だとするとその漢字の画数は必ず4の倍数になるはずです。そこで、「総画索引」で4の倍数のところを見ていけば、あこがれの「なんとか4つ」漢字を一網打尽にできる、というわけです。
ここでは、そのうちのいくつかをご紹介しましょう。36画には、「春」4つ、「泉」4つ、「風」4つなどがあります。でも、このうちで読み方・意味ともにはっきりしているのは「風」4つだけ。音読みはヒュウまたはヒュ、意味は「かぜ」です。
次は40画ですが、残念ながらここには「なんとか4つ」はありません。でも、44画には「魚」4つが在籍。音読みはギョウまたはゴウ、「魚がさかんなさま」という意味となっています。
お次の48画には、ご質問にもあった「雲」4つさんがお住まい。音読みはドウ、意味は「くものひろいさま」だそうです。さらに52画へ進むと、「雷」4つ様とご対面。音読みはホウまたはビョウ、意味は「いかずちのおと」であらせられます。
56、60画の漢字は『大漢和辞典』にはなく、最後の64画に「龍」4つと「興」4つが君臨している、というわけです。ただし、「興」4つは音読みこそセイとなっているものの、意味は不明。そこで最大画数の漢字としては、「龍」4つが挙げられることが多いのです。
いかがでしたか? 「なんとか4つ」マニアにはたまらない、めくるめく漢字の世界! なになに? 自分は「なんとか3つ」マニアだって? だったら、3の倍数のところを見ていけばいいのです。さあ、図書館へ直行です! |
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| Q0486 |
「水」に点が1つついて、どうして「氷(こおり)」になるのですか? |
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大昔、まだ篆文(てんぶん。篆書)という漢字が使われていたころ、「こおり」を表すのは図の左側ような形をした漢字でした。なにやら「人」が組体操でもしているような形をしていますが、これは氷の結晶の象形文字だとか、氷に現れる筋目の象形文字だとか言われています。
やがて「こおり」を表す漢字は、図の右側のような形へと進化します。これは、先の氷の結晶の象形文字を偏(へん)の位置に、「水」を旁(つくり)の位置に置いた漢字です。氷の結晶だけではシンプルすぎて不安だったのでしょうか、「水」に関係あるんだよ、と強調しているのでしょう。
この漢字は、楷書(かいしょ)では「冰」と書かれます。ここまで来れば、話がだいぶ見えてきましたよね。「氷」という漢字は、この「冰」の「にすい」の部分がちょこっとだけ省略されて、生まれたのでしょう。
Q0156でもご紹介しましたが、ここからわかる通り、「にすい」は氷を表す漢字の変化したものですから、「にすい」を部首とする漢字は、多くの場合、氷と関係がある意味を持っています。たとえば「冷」(つめたい)「凍」(こおる)などです。名付けの漢字として人気のある「冴」(さえる)や「凜」(りん)も、本来は厳しい寒さを意味する漢字です。
さらに話を広げれば、「冬」や「寒」の下部に見える点々も、本来は「にすい」です。言われてみれば、氷と関係する意味を持っていますものね。
蒸し暑い日本の夏。たまには漢和辞典を開いて「にすい」の漢字を探してみるのも、ちょっとした暑気払いになるかもしれませんよ。 |
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| Q0487 |
「上」という漢字の書き順は、「│├上」なのですか? 私はずっと「-├上」だと思っていたのですが…… |
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何度か触れてきたことですが、書き順に関して公的に定められたものは、文部省著作『筆順指導のてびき』(1958年)しかありません。そこで、この小冊子を調べてみると、「広く用いられる筆順が、2つ以上あるものについて」として、次のように書いてあります。
(B)の字はイもロも行われるが、本書では(A)にあわせて、イをとる。
注。ただし、行書になると、ロの方が多く用いられる。 |
ここで(A)と言っているのは、「止」「正」「足」「走」「武」などの漢字のことで、これらはもともとイの筆順だけなので、それに合わせて「上」「点」「店」も縦棒から書くことにしましょう、というわけです。
ただし、これはあくまでも「本書では」ということであって、ロで書いても間違い、というわけではありません。特に行書(ぎょうしょ。くずし字の1つ)では横棒が先だとなると、世間一般ではどちらの書き順もなされていると考えていいでしょう。
書き順とは、あくまで、バランスの取れたきれいな漢字を書くための方法にすぎません。正しい書き順、正しくない書き順というものがあるわけではないのです。書き上がった漢字さえ正しければ、書き順が少々おかしくったって、コミュニケーションに支障をきたすものではありません。あまり気にしないで、自分が書きやすい方法を採用するのが一番です。 |
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| Q0488 |
「殺」という漢字の左半分は、独立した漢字として存在していますか? |
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漢和辞典で調べると、「殺」の部首は「殳」となっています。この部首は、カタカナのルと漢字の「又」が組み合わさったように見えることから「るまた」と呼ばれることもありますが、また「ほこづくり」と呼ばれることもあります。
この部首に所属する漢字をいくつか挙げてみましょう。たとえば「殴」「殺」「毀」。それぞれ訓読みすれば「なぐる」「ころす」「こわす」となって、なにやらコワモテの漢字ばかり。ぶっそうなところに紛れ込んでしまったような感じがしますが、それもそのはず。この部首が「ほこづくり」と呼ばれるのは、「殳」が本来、武器の一種「ほこ」を意味する漢字だからなのです。コワモテの漢字が並んでいるのも、うなずけます。
さて、問題はこのうちの「殺」ですが、この漢字は旧字体では「木」の肩に点を1つ打って、図の左側のようになっています。そこで、その左半分を独立させると図の右側のようになるわけですが、小社『大漢和辞典』の中には、この漢字がちゃんと収録されています。
とはいえ、その解説はそっけないもの。音読みは「サツ」、意味は「殺」と同じだ、ということだけしか書いてありません。これでは堂々巡りだよ、とコワモテとはほど遠い私も、文句を言いたくなります。
実際のところ、「殺」の成り立ちについては、諸説あるようで、この左半分が本来意味するところについても、イノシシの象形という説が有力なようではありますが、異説もあります。結局、この字は実在はするものの、実態はハッキリしない漢字だと言うしかなさそうです。 |
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Q0489 |
「緑」は自然に関係がある漢字なのに、どうして「木へん」じゃなくて「糸へん」なのですか? |
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たしかにそうですねえ。「緑」といえばまっさきに思い出すのは木や草の色。「木へん」や「草かんむり」ではなくて「糸へん」だというのは、ちょっと奇妙な感じがします。
いやいや、でも待ってくださいよ。「糸へん」には、ほかにも色を表す漢字があります。身近なところでは、「紅」や「紺」。「紫」だってそうですし、「素」という漢字にも「白い」という意味があります。
漢和辞典の「糸へん」のところを眺めてみると、色を表す漢字がほかにもたくさん見つかります。ちょっとだけご紹介しておくと、「縹」は「はなだ色(うすい青)」ですし、「うすい赤」を表す「縉」という漢字もあります。
そうしてみると、どうやら「糸へん」は色と関係が深いようですね。それはおそらく、糸というものが織物、つまり衣服と密接なつながりがあるからでしょう。
きれいな衣服を身につけたい、という思いは、古今東西、変わらぬもの。その思いを満たすために、人類はさまざまな色に糸を染めて、カラフルな衣服を織り上げてきたのです。「緑」や「紅」、「紺」や「紫」といった色を表す漢字には、ファッションへの飽くなき思いが込められていると言っていいでしょう。
こういうことを発見するたびに、私はつくづく、漢字はおもしろいな、と思います。部首ごとに漢字をまとめて収録している漢和辞典は、そんなおもしろさの宝庫です。ぜひ、1冊、お手元に置いて、ひまつぶしに眺めてみてください。 |
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| Q0490 |
「甚」という漢字の左下は、手書きの場合、直角に書くのと、少し角を丸めて書くのと、どちらがいいのですか? |
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「甚」は常用漢字です。字形に迷った場合は、『常用漢字表』に従っておけばいいわけです。『常用漢字表』に載っているこの字の問題の部分は直角になっていますから、これで解決! ということになります。
とは言いながら、そんな権威主義的な態度は嫌いだとか、「寄らば大樹の陰」式の生き方でいいのかとか、いろいろとご批判もありましょう。そこで、もう少しだけ、突っ込んで考えてみることにしましょう。
「甚」は、成り立ちの上では、「甘」と「匹」に分解できるとされています。ちょっと強引に感じられるかもしれませんが、篆文(てんぶん。篆書)で見ると図のような形をしていますから、たしかに「甘+匹=甚」は成り立つのです。
「甘」と「匹」とでどうして「はなはだ」という意味になるのか、という点については、例によっていろいろな説があっておもしろいのですが、それはともかく、「甚=甘+匹」なのであれば、問題の部分も「匹」と同じように書けばいいはずです。そこで「匹」について調べてみると、『常用漢字表』では左下は直角ですが、いわゆる旧字体では丸めて書きます。とすれば、「甚」の左下だって本来は丸めて書くべきではないか、とも思われます。
でも、そもそも図のように「甘」と「匹」とをきちんと分けて書かないと、篆文には合わないわけです。だとすれば、「匹」の左下にだけこだわるのは、あまり意味がないかもしれません。かといって、現代日本においては、「甚」を図のように書いては誤字だとされてしまうことでしょう。
結局のところ、毎度同じことばかりで申し訳ないのですが、細かい字形にこだわりすぎるのはよくない、ということになりそうです。気楽にいきましょうよ、ね。 |
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| Q0491 |
「雨」かんむりの下に「田」を書いて、どうして「かみなり」という意味の漢字になるのですか? |
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「田」という形を見ると、私たちはどうしても「たんぼ」のことを思い出してしまいますが、人間社会が複雑であるのと同じく、漢字の世界もそう単純ではありません。たとえば、Q0244で取り上げた「胃」のように、「たんぼ」とは無関係の「田」もあるのです。
「雷」の「田」も同様です。この字は篆文(てんぶん。篆書)では図のような形で書かれています。ここから分かるとおり、現在、「田」として書いている部分は、実は「田」を3つ重ねた形の省略形なのです。
では、この「田」3つが何を意味しているのかというと、大きく分けて、「なにかが積み重なっているようす」を表すという説と、「なにかが激しく活動しているようす」を表すという説とがあるようです。どちらにせよ、「雷」とは、くり返し訪れる激しい「かみなり」を表しているのだと説明できそうです。
上に掲げた篆文だけではありません。たとえば図のような字形もすべて、「雷」の古い字形だとされています。見つめていると目が回ってしまいそうですが、古代中国の人々は「かみなり」に対して、それほどに強い恐怖の念を抱いていたのでしょう。
と書きながらも、これらの古代文字を見ていると、私はなんとなくユーモラスな、なんだか楽しそうな雰囲気を感じてしまうのです。恐いはずの雷がおかしいなんて、なぜなんだろう、と考えていて、ふと、思い当たることがありました。
私のこの感覚は、ドリフターズのコントの影響なんでしょうね、きっと。 |
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| Q0492 |
「龍」を4つ書く漢字は画数が多いことで有名ですが、その成り立ちはどのようになっているのですか? |
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Q0026でご紹介した通り、『大漢和辞典』に収録されている漢字の中で、1番画数が多いのがこの漢字で、64画あります。図のように、音読みはテツ、意味は「言葉が多い。多言」となっていますが、残念ながら、成り立ちの説明はありません。
というわけで、この漢字の字源はどうなっているのか、なぜ「龍」4匹で「多言」という意味になるのか、はっきりとしたことはわかりません。ただ、それで終わってしまってはつまらないので、もう少し、推測を広げてみることにしましょう。
『大漢和辞典』の中には、テツと音読みして、この字と似たような意味を持っている漢字が他にもあります。下図の1番左の漢字がその例で、意味は「しゃべりつづける」だと書いてあります。また一方で、図の真ん中のような漢字もあります。この音読みはショウですが、意味は「しゃべりたてる」となっているのです。そしてこの字は、古くは図の一番右のように、「龍」2つの下に「言」を書いたらしいのです。
「龍」2つの漢字は、一般には「龍が飛ぶようす」を表しているとされていますが、龍が並んでいるところから、「重なる」という意味があるという説もあります。この説が正しいとすれば、「龍」2つの下に「言」を書く漢字も、「ことばが重なる」ところから、「しゃべりたてる」という意味となったと説明できることになります。
「龍」4つの漢字は、どうやらこのあたりの漢字と関係がありそうです。もともと古代中国語に、「しゃべり続ける」「口数が多い」という意味を表す、ショウとかテツとか発音することばがあったのでしょう。ショウの方は、「龍」2つの下に「言」を付けて書き表すことになった。それならテツの方は、「龍」をもっと増やして4つにして、その下に「言」でも付けてやろう、でもそれはさすがにあまりにもめんどくさいなあ……、というようなことだったのかもしれません。
推測はこのへんでやめておきましょう。そうしないと、「おしゃべり」はオレの専売特許だよと、龍に怒られてしまうかもしれないですから。 |
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| Q0493 |
昔は、部首の数が540もあったそうですが、いったいどんな部首があったのですか? |
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部首によって初めて漢字を整理したのは、許慎(きょしん)という人で、紀元1世紀、『説文解字(せつもんかいじ)』という字書を作ったときのことでした。それ以後、部首の数は時代とともに減っていって、現在では約210に整理されているわけですが、その過程で悲しくも消えていった部首の中には、現在からするとぜひ復活させたいものもあります。
たとえば、「男」。現在の漢和辞典でこれを部首に立てているものは、ほとんどありません。「女」は部首なのに「男」が部首でないのはケシカラン! と、権威の低下に悩む世の男性陣から文句が出そうなのですが、『説文解字』には「男」という部首がきちんとあります。ここに含まれるのは、「男」のほか、「舅(しゅうと)」と「甥(おい)」。現在では、前者は「臼」部、後者は「生」部に入っているのですが、こんなマイナーな部首に置いておくよりは、「男」部を復活させた方がわかりやすそうですよね。
現在では「土」部に所属している「幸」も、『説文解字』では一国一城の主。今でもよく使われる漢字として「執」「報」がありますから、手下を率いて独立するだけの力はありそうです。
また、「民」は、現在では「氏」部に入っていますが、これはやや強引ですよね。『説文解字』では「氓(音読みボウ。移民・庶民という意味)」とたった2人で一家を張っています。判官びいきの私としては、コイツも復活させてやりたい気がします。
Q0024でもご紹介した「光」は、残念ながら『説文解字』でも独立した部首にはなっていません。でも、10世紀末に編纂された『龍龕手鑑(りょうがんしゅかん)』という字書には、図のようにきちんと「光」部があります。これも機会があれば、一人前の部首にしてやりたいところです。 |
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| Q0494 |
「塩」は海水から作るのに、どうして「土へん」が付いているのですか? |
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漢和辞典を眺めていると、ときどき、びっくりするような部首に出会うことがあります。「鹵」もその1つで、たいていの人にとっては、名前もわからなければ、どんな漢字に使われるのかもわからない、謎の部首でしょう。
この「鹵」は、単体では音読みでロと読むのですが、袋に包んだ岩塩の象形文字だと言われています。岩塩(がんえん)というのは、塩が固まって岩のようになって地面の中に眠っているもので、日本のような島国ではあまり採れませんが、中国のような大陸ではけっこうポピュラーだそうです。
この「鹵」を部首とする漢字の代表が、「鹽」です。これまたなにやら難しい漢字ですが、実は、「塩」の旧字体です。11世紀に中国で作られた『集韻(しゅういん)』という字書には、図のように「鹽」の異体字が並んでいて、さらに「世間一般では「塩」とも書く」という記述があります。おそらく、「鹽」はあまりにも書くのが面倒なので、図の一番下のような省略形が生まれ、それがさらに省略されて「塩」となったのでしょう。
さて、「塩」の元の形が「鹽」であり、その部首の「鹵」が岩塩だったとすると、「塩」に「土」が付いている理由も明らかでしょう。海岸線の長さに比して、陸地の面積が広い中国大陸では、海水から作る塩よりも、岩塩の方が重要性が高かったのでしょう。紀元前221年、秦(しん)という王朝が史上始めて中国大陸を統一できた背景には、岩塩の産地を支配したことがあった、という研究もあるくらいです。
つまり、「鹽」や「塩」は、その字形の中に中国の塩事情を反映しているわけです。漢字というのは、単に意味や読み方を表しているだけでなく、実にさまざまな情報を、私たちに教えてくれるのです。 |
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| Q0495 |
「箸」という漢字の成り立ちを教えてください。 |
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漢字の成り立ち、字源に関するご質問にお答えするのは、一苦労です。なんといっても、漢字が生まれたのは今から3000年以上も前の中国でのこと。だれかがタイムマシンに乗って見てきたわけであるまいし、はっきりしたことがわかるはずもありません。
もちろん、学者の先生はいろいろな状況証拠から、ご自分の説を打ち立てるわけですが、文字通り、諸説紛々としていることも少なくありません。そんなわけで、成り立ちに関するご質問については、いろいろな漢和辞典を調べてみて、その中でだいたい一致する部分をお答えしていくしかないのです。
そこで、「箸」の場合ですが、この漢字に「竹かんむり」が付いているのは、本来、「おはし」に竹製のものが多かったからなのでしょう。問題は、「者」の方です。この「者」にはどういう意味があるのでしょうか。
いくつかの漢和辞典で一致しているのは、「者」には「集める」という意味がある、という説です。いろいろなものを集めるのに用いる竹でできた道具、それが「箸」だ、というわけです。この説の状況証拠としては、たとえば「諸」という漢字は「多くのもの」という意味を持っていますが、この字に付いている「者」も「集める」という意味だと考えると、うまく説明ができる、といったことが挙げられます。
なになに? 「おはし」はものを集めるためだけに使うとは限らない、ですって? そんなヘリクツを言ってもしかたないのが、字源の世界です。あんまり深く詮索しすぎないようにしましょうよ、ね。 |
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Q0496 |
「名字」と「苗字」は、どちらが正しいのですか? |
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「字」という漢字は、漢字・文字の「字」という意味で使われますが、古くは「あざ」「あざな」とも読まれて、一種の名前の意味として使われていました。そこで、「名字」とは、2文字とも名前に関する漢字から成り立つ熟語だと理解できますが、「苗字」の「苗」は、意味は「なえ」。名前に関する意味はありません。
実際のところ、「名字」と「苗字」とでは、「名字」の方が本来の形であったようです。昔の日本人の名前は、現在よりはずっと複雑なのですが、「名字」とは本来、主にその人が住んでいる土地に関連して名付けられた名前を指していたとされています。
それが江戸時代になると、よく知られているように、一般庶民は、公の場所で名字を名乗ることを禁じられてしまいます。名字は、支配階級の特権となったのです。そしてちょうどこのころから、「苗字」と書かれる例が増えてくるようです。
「苗」には名前に関係する意味はありませんが、「子孫」という意味があります。そこで「苗字」とは、共通の祖先から分かれた子孫たちが共有している名前、という意味合いがあると考えられます。名字を名乗ることが支配階級の特権となっていった時代に、同族意識の強い「苗字」という書き方が広まっていったというのは、なんとも意味深いようにも思えますね。 |
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| Q0497 |
「明日」を「あした」と読むのは、間違いなのですか? |
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「明日」を「あした」と読むのは、漢字2文字以上をまとめて日本語1語で読んでしまう、熟字訓の一種です。けっして間違いではありません。ただし、熟字訓の中にも、『常用漢字表』で認められているものとそうでないものとがあるのです。
『常用漢字表』とは、現代社会における漢字の使い方の基準を定めたものですが、その中には、主に熟字訓の使い方を定めた「付表」が含まれています。この「付表」に「明日」は含まれているのですが、読み方は「あす」しか挙げられていません。つまり、『常用漢字表』では「明日」を「あす」と読むのは認めているが、「あした」と読むのは認めていない、ということになるのです。
「明日」を「あした」と読むのは間違いだ、という主張があるなら、それは『常用漢字表』に忠実に従った主張だということになります。実際、義務教育は『常用漢字表』の範囲内で行うのが建て前ですから、先生によっては、「明日」は「あした」とは読まない、という指導をなさる方もいるようです。
ただし、世間一般では「明日」を「あした」と読むことが多いのも、紛れもない事実です。『常用漢字表』の価値は価値で認めつつ、運用にあたってはあまり厳格すぎないようにするのがいいのではないか、と思うのですが……。
ちなみに、『常用漢字表』が「あした」を認めていないのは、「あした」は主に話し言葉で使われ、「あす」は主に書き言葉で使われるからだそうです。たしかに、話し言葉は「書かれない」わけですから、漢字は不要です。でも、そんなにうまく分かれるものでしょうかねえ。 |
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| Q0498 |
「電池」には、どうして「池」という漢字が使われているのですか? |
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「電池」とは、英語でいえば battery にあたる西洋語からの翻訳語で、1868年に中国で出版された『格物入門』という本で初めて使われたとされています。「格物」とは、だいたい現代の「物理」に相当する学問の名前です。
さて、この本の中で「電池」は、次のように説明されています。原文は漢文ですから、拙訳にてお目にかけることにいたしましょう。
問 電池とはどんなものですか?
答 木製の容器に硫酸を入れて、その中に銅と亜鉛の板を1枚ずつ入れます。その上部を銅線でつなぐと、電気が生じて銅線の上を流れます。容器は、ガラス製のものを用いるとさらにベターです。 |
そうして、この本には何やら素朴ながら楽しそうな右のような図まで添えられています。
こうしてみると、当時の「電池」というのは、私たちがよく知っている電池とは全く違ったものであることが、よくわかりますね。「電池」の本体は、劇薬として知られる硫酸という液体をいれる器だったわけで、文字通り、液体をためる「池」だったのです。
この液体の部分をなにかにしみこませて、持ち運びに便利にしたのが「乾電池」です。液体ではなくなったから「乾」なのでしょうが、この時点で、厳密には「池」を使うのはおかしいのです。でも、そこはご愛敬というところ。そのころにはもう、「電池」ということばが広く定着していたのでしょう。
なにはともあれ、「電池」という漢字熟語は、電池の発明当初の姿を今に伝えていると言っていいでしょう。漢字はときに、こんな役割を果たすこともあるのです。 |
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| Q0499 |
「児」の旧字体の「兒」は、赤ちゃんの「泉門(せんもん)」を表していると聞いたことがありますが、本当ですか? |
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赤ちゃんの頭を触ってみると、頭蓋骨に覆われていなくて、頭皮がぺこぺこしている部分があるのがわかります。これが「泉門」(「ひよめき」とも言います)です。これは、頭蓋骨がまだ完全にはできあがっていない、すきまの部分で、数か月のうちにだんだん閉じていきます。
さて、そのことを意識した上で「兒」という漢字を見ると、「臼」の上の部分が開いていること、真ん中の棒がつながっていないことが、いかにも泉門を表しているように見えてきます。実際、紀元1世紀に作られた字源学の古典『説文解字(せつもんかいじ)』では、この字を「赤子の泉門がまだ閉じていない形を表す」と解説しています。
しかし、これには反論もあります。というのは、泉門を表す漢字としては、別に図のような字が存在しているからです。この漢字は音読みではシンと読み、図の左は篆文(てんぶん。篆書)の形、右が明朝体です。この字は「脳」の旧字体「腦」にも使われていて、泉門を表す漢字としてはこちらの方がふさわしい、というわけです。
この説を採る人々は、「兒」は泉門ではなく、赤ちゃんの髪型を表していたのだ、と説明することが多いようです。古代の中国には、右と左に2本の角が生えたような形に子どもの髪を結う風習があって、「兒」はそれを表しているのだ、というのです。
どちらが正しいのかはともかくとして、泉門を表す漢字が存在することは確かです。なんだか、古代中国の人々の赤ちゃんに対するまなざしが感じられるようで、興味深いですよね。 |
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| Q0500 |
中国に安徽省(あんきしょう)という地名がありますが、この「徽」の真ん中の部分は、「山」と「糸」の間に横棒があるのですか、ないのですか? |
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まずは、図をご覧ください。似たような漢字を4つばかり、集めてみました。1番右は「微妙」の「微」、次は「特徴」の「徴」、3番目がご質問の「徽」、1番左は「黴菌(ばいきん)」の「黴」です。
例によって異説もあるのですが、一般には、これらの漢字は親戚同士だ、と言われています。「微」の省略形に「王」が加わったのが「徴」、同様に「糸」が加わったのが「徽」、「黒(正確にはその旧字体)」が加わったのが「黴」だ、というわけです。
さて、問題はこの「微」の省略形、というときの省略のしかたなのですが、実はこの漢字は本来、図のような形をしていて、このうちのルのような部分だけを省略して、横棒は残す、というのが、伝統的なスタイルのようなのです。そこで、ご質問に対するお答えとしては、横棒がある方が「正しい」ということになります。
だったら、どうして「徴」には横棒がないの? と即座に思われた方は、もう立派な漢字マニアですね。実は、この漢字にももとは横棒があったのですが、例の当用漢字によって新字体が制定された際、省略されてしまったのです。そして、ご質問の「徽」も、1983年にJIS漢字が改定された際に、それにならって横棒が省略されてしまったのです。そしてそして、さらにやっかいなことには、2004年に行われたJIS漢字の改定では、この漢字は横棒がある方に戻されてしまったのです。
というわけで、「徽」という字は、現在のところ、コンピュータの世界では2種類の字体が並立することとなっています。このHPの地の文に出てくる「徽」も、WindowsVistaをお使いの方にはおそらく横棒ありに見えているでしょうし、それ以外の方にはたいて横棒なしで見えていることでしょう。
まったく、困ったことでしょう? コンピュータと漢字との関係には、まだまだこういった問題が潜んでいるのです。 |
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