漢字Q&A(その8)


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Q0351 「〆切」の「〆」は、漢字ですか?
 以前、Q0009で「々」は漢字ではない、というお話をしたことがありました。その理由は、「字」であるためには少なくとも一定の読み方を持っている必要があるが、「々」にはそれがない、ということでした。
 この議論からすれば、「〆」は「しめ」という読み方を持つ立派な「字」だということになります。そうして、この字は何かを「しめる」という場面でしか使われないことから、ある特定の意味を持っていることになります。つまり、「〆」は表意文字なのです。だとすれば、漢字の仲間から締め出す理由はないでしょう。もっとも、この字は中国では使われませんから、日本で作られた漢字、いわゆる「国字」だということになります。
 というわけで、『大漢和辞典』では「ノ」の部首にこの漢字を収録しています。ちなみに、総画数は2画です。『大漢和辞典』によれば、この字はもともと「うらなう」という意味を表す「卜(音読みはボク)」という漢字が変形して生まれたものだ、と説明されています。昔、家を建てるときにはまず建てるべき場所をうらなったことから、うらなうことはその場所を手に入れること、つまりその場所を独占すること、占めることだ、というわけで、「しめる」という意味で使われるようになった、とのことです。
 なになに、かなりキビシイ説明ではないかい、ですって? 私もそう感じます。でも、「占」という漢字だって、「うらなう」と「しめる」の両方の意味を持っています。それなりの根拠はあるのではないでしょうか。

Q0352 名前の漢字の読み方の中には、とても特殊なものも多いと思いますが、あれは一種の当て字なのでしょうか?
 名前の漢字の特殊な読み方については、Q0077Q0092でも取り上げたことがあります。そこでもご説明したとおり、名前の漢字というのは、今ではどうしてそう読むのかわからないような読み方も多いのです。そういった、名前独自の読み方のことを、「名乗(なのり)」といいます。
 そこからしますと、「名乗」は「当て字」である、と考えることもできます。しかし、よく考えてみるとこの「当て字」なるもの自体が、実は定義のはっきりしないものなのです。
 「当て字」を国語辞典で調べてみると、たいてい、「ある漢字を、その本来の意味や読みに関係なく用いること」といった説明がなされています。この「本来の意味や読み」というのがくせものです。いったい、どこからどこまでが「本来の意味」なのでしょうか。
 たとえば、「ただしい」が「正」の本来の読み方であるというは、まず異論のないところでしょう。そこで、「正」を「ただし」と読むのは、本来の読みに基づいたものであると考えられます。しかし、「忠」を「ただし」と読むとなると、事情は違ってきます。「忠」の本来の意味は「まごころ」です。そこで、「まごころ」を持っているということは人間として「ただしい」ことである、と考えれば、この字を「ただし」と読む説明はつきます。これは、本来の意味に基づく読み方なのでしょうか、それとも、そうでないのでしょうか。
 このように、日本語の中での漢字の読み方は非常にアバウトで、特に名前では、その特徴が強く表面に出てくる傾向にあるのです。名前の読み方に理論を持ち込もうとするのは、やめておいた方がよさそうです。

Q0353 「政治」という熟語は、秦の始皇帝の名前が「政」なので、『「政」が「治」める』に由来しているのでしょうか?
 なかなかおもしろい解釈ですよね。でも残念ながら、その説は当たっていないようです。
 小社『大漢和辞典』で「政治」を調べると、『詩経(しきょう)』とか『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』とかいう古典に用例があることがわかります。これらの書物は、始皇帝が生まれる数百年前に書かれたものですから、「政治」という熟語が、始皇帝に由来することはありえません。
 むしろ、ありうるとすれば、始皇帝の名前の方が「政治」に由来する、という可能性ではないでしょうか。
 「政」という漢字は、1文字では「まつりごと」と読みますが、意味としては「政治」とほとんど違いがありません。中国古代の人々が、どんな思いを込めて子どもの名前を付けたのかは、私などには想像するよしもありませんが、漢字の意味と無関係に名前を付けるというのは、あまり考えられないことです。だとすれば、始皇帝は生まれたときから、政治で活躍することを期待されていたのかもしれません。
 始皇帝のお父さんは、荘襄王(そうじょうおう)という王様だったことになっています。しかし、実は呂不韋(りょふい)という大臣が荘襄王の王妃に産ませた子どもだった、という「まことしやかな伝説」もあります。生まれたときから、そういう政界の波に洗われていた始皇帝の生涯を、「政」という名前は象徴しているのかもしれませんね。

Q0354 「渋谷」や「四谷」の「谷」を「や」と読むのは、音読みですか、訓読みですか?
 結論から申し上げると、これは日本語に基づく読み方なので、訓読みです。
 「谷」を「や」と読むのは、関東地方から東北地方にかけての古い方言「やつ」「やち」に由来していると言われています。この「やつ」「やち」とは、土地が低くてじめじめしている場所を表すことばです。「谷(たに)」も周りに比べて土地が低く、谷川などが流れていることが多いので、「やつ」「やち」ということばと「谷」という漢字が結びついたものと思われます。
 というわけで、本来的には「谷」を「や」と読むのは東日本の方言ということになります。そう言われてみると、「渋谷」という地名は東京では「しぶや」と読みますが、関西地方では確かに「しぶたに」と読みます。「谷」を「や」と読むなんて、なんのへんてつもない読み方ですが、こんなところに方言が隠れていた、というわけです。
 ちなみに「谷」の音読みはコクです。

Q0355 「夢」は草とは関係がないのに、どうして「くさかんむり」が付いているのですか?
 Q0293で申し上げたとおり、「夢」とはもともと、「暗い」「よく見えない」という意味を表す漢字です。私たちが現在使っている「眠っている時に見るゆめ」という意味は、あとから付け加えられた意味なのです。そこで、「暗い」「よく見えない」という意味に立ち戻ってこの字を眺めてみたとき、何か気が付くことはありませんか。
 そうです。この漢字の中には「夕」という字が含まれていますよね。
 「夕」というのは「夕方」「夕べ」の「夕」ですから、「暗い」とか「よく見えない」という意味と似通っています。つまり、「夢」という漢字の中で、意味のキーポイントとなっているのは「くさかんむり」ではなくて、「夕」の方なのです。そこで、たいていの漢和辞典では、この字の部首は「夕」だとしてあるはずです。
 では、「くさかんむり」は何なのでしょうか。その説明をしようとするとたいへんなことになってしまうのですが、ごくごく簡単に申し上げると、漢字の形が長い時間をかけて変化していくなかで、たまたま「くさかんむり」に似た形になってしまっただけのもの、ということになります。やっかいなことに、漢字の形には、このような偶然だってあるのです。
 「くさかんむり」のようなメジャーな部首は、時にはこうやって、漢字の理解の邪魔をすることがあります。だまされないように、気をつけた方がいいですよ。

Q0356 以前、「帰省」のことをキショウと読んでいるのを聞いたような気がするのですが、そのような読みはありますか?
 いろいろな辞典を調べてみましたが、「帰省」の読み方はすべてキセイで、キショウを載せているものは見あたりませんでした。やはり、キショウと読むのは間違いだと思います。
 とは言っても、ありがちな間違いですよね。「省」という漢字は、「反省」のときはセイと読み、「省略」のときはショウと読むのですから、混乱するのも当然です。実際、小社の良きライバル会社「三省堂」さんのことを、サンショウドウと発音している人は、そんなに珍しくもないでしょう。
 中国語では、発音も意味も異なる2つのことばが、同一の漢字に同居していることがあります。そんな漢字を音読みしようとすると、当然のことながら、意味に応じて音読みも2種類に分かれることになります。わかりやすい例は「楽」で、「音楽」を意味するときはガク、「たのしい」の場合はラクと音読みを使い分けるのです。
 ところが、「省」の場合は、この2つの音読みは漢音呉音の関係で、意味のちがいではありません。そこで、理論的にはセイと読もうがショウと読もうが、「完全な間違い」ではないことになります。
 しかし、実際には、この2つの音読みには慣習的な使い分けがあるようです。「省」には、大きく分けて「かえりみる」「はぶく」「役所」の三つの意味がありますが、一般には、「かえりみる」の場合はセイ、「はぶく」「役所」の場合はショウと読むことが多いようです。
 そこで、「帰省」とは、故郷に帰って両親を「かえりみる」ことですから、キセイと読むのがいい、ということになるわけです。
 ただし、昔は「はぶく」の場合でもセイと読むこともあったようです。たとえば「省略」にセイリャクという読み方を載せている辞書もあります。つまり、この違いはあくまで慣習的なもので、厳密なものではありませんから、あまり杓子定規に考えすぎない方がよいようです。

Q0357 小説などで、歌っている部分の前に「へ」のような記号が付いていることがありますが、これは何ですか?
 図のような記号のことですよね。
 これは、「いおり点」と言います。「いおり」を漢字で書くと「庵」で、要するに小屋のことです。昔は、屋根のような形のことを「いおり型」と言うことがあったらしく、この記号も屋根のような形をしているところから、「いおり点」と呼ばれるようになったそうです。
 三省堂『大辞林』によれば、「文中に和歌・俳句、謡物などを記すときや、箇条書きの文書、連署の姓名などに付して確認済みの印とする」とのことです。現在、よく見かけるように歌っている部分の前に付けるのは、このうちの「謡物」(謡曲)を記すとき、に該当するのでしょう。
 ちなみに、この説明の後半に出てくる「確認済みの印」の場合は、現在主に用いられているのは図のような「チェックマーク」です。これはおそらく、ヨーロッパから入ってきたものでしょうが、奇しくも「いおり点」を上下逆さまにしたような形。こんなところにも西洋と日本の違いが現れているのでしょうか、ちょっとおもしろい現象です。
 このQ&Aコーナーではこれまで、「々(Q0009)」や「ヶ(Q0104)」「〆(Q0351)」を扱ってきましたが、考えてみると、日本語の文章の中には、こうした記号じみたものが数多く含まれているものですね。

Q0358 「和」や「熟」と書いて「にき」と読むことがあるそうですが、これはどんな使われ方をするのでしょうか。
 大きな国語辞典で「にき」を引いてみますと、「にぎ」ともいう接頭語で、細かい・穏やかな・熟した、といった意味を添えることばだ、という説明が出ています。たしかに、漢字では「和」や「熟」と書くともありますが、現在の私たちの生活の中では、この「にき」を使うことはあまりありません。
 「和」と書いて「にき」「にぎ」と読む例としては、「和魂(和御魂)」があります。「にきたま」「にぎたま」「にきみたま」「にぎみたま」などと読むこのことばは、「荒魂(あらたま)」の反対語で、穏和な霊魂のことです。と申し上げても、ふんふん、あのニギミタマね、と納得してくださる方は、あまりいらっしゃらないでしょうね。
 でも、「にき」が変化して生まれた「にこ」だと、ちょっとは親しみがありそうです。「和毛」と書いて「にこげ」と読みます。「にこげ」とは、柔らかい毛。本来であれば、柔らかい毛であればなんでもいいのですが、どうも女性のうぶ毛を表すことが多いようで、世の男性諸君にしてみれば、ちょっとセクシーな想像をしてしまうことばです。
 以上は「和」の例ですが、「熟」の方で有名なのは、「熟田津」でしょう。これは、愛媛県の道後温泉のあたりに昔あった港の名前で、『万葉集』のヒロイン、額田王(ぬかたのおおきみ)の次の歌で名高い土地です。

   熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな

 この港が現在のどこにあたるのかは諸説あって定まらないそうですが、「熟した田」ですから、額田王の時代、そのあたりには美しいたんぼが広がって、秋にはたわわに実った稲穂が頭を垂れていたのでしょうか。
 地名の漢字は当て字であることが多いので、あまりまじめに考えない方がいいのですが、そんな田園風景の中に古代の美女を立たせてみるのも、漢字がもたらしてくれる楽しい想像といえるでしょう。

Q0359 名前でよく「哉」という漢字が使われていますが、漢和辞典では「感嘆や反語の語気をあらわす助字」などとしか出ていません。なにか他にいい意味でもあるのですか?
 そうですよね。今をときめく木村拓哉さんのお名前に使われていますから、「や」と読むことぐらいはだれにでもわかる。かといって、どんな意味なのかと聞かれると、困ってしまいます。
 漢字は本来、中国語を書き表すために作られた文字です。古来、中国の人々は、全てのことばを漢字で書き表してきました。その「全てのことば」の中には、ニュアンスを伝えるためのことばも含まれているのです。
 わかりやすくするために、話を日本語に置き換えてみましょう。
  「大きくなったら漢和辞典編集者になりたい」
  「大きくなったら漢和辞典編集者になりたいな」
 こんな奇特な子どもがいたら、お医者さんに診てもらった方がいいと思いますが、それはともかくこの2つの文の違いは、文末の「な」だけです。では、この「な」にどんな意味があるのかと聞かれると、それはニュアンスの違いとしか言いようがなくて、すっきりくっきりと答えられる人は、少ないのではないでしょうか。
 中国語にも、この「な」に相当するような、ニュアンスを伝えることばがあります。そして、当然ながらそれも漢字で書き表されます。「哉」はまさにそのような漢字なのです。「感嘆や反語の語気」というニュアンスはあっても、意味と言えるほどはっきりした意味はないのです。
 それでもなお、この漢字が名前に好んで用いられるのは、それはカッコイイからでしょう。といっても、キムタクがカッコイイからではありません。たとえば、文豪・志賀直哉の「直哉」を漢文風に読み下すと、「直なるかな」となります。現代語で言えば、「なんて真っ直ぐなんだろう!」という意味です。「拓」は「開く」という意味がありますから、「拓哉」の場合は、「なんて広々としているんだろう!」という感じでしょうか。
 名前の時点ですでに驚きが含まれている、というのは、なかなかできない芸当です。だから、カッコイイんですね。
 ちなみに私の名前は、上の名前は相当変わっているのに、下の名前はごくごく平凡という、アンバランスな(ある意味、バランスのとれた)名前。以上のお話がひがみに聞こえなければいいのですが……。

Q0360 漢和辞典で「度」を調べると、部首が「广(まだれ)」になっていました。「广」は建物に関係する意味を持っていると聞きましたが、「度」は建物と関係があるのですか?
 部首というものはまことに厄介なもので、ある部分では理路整然としているかと思えば、ある部分ではまったくいい加減なことがあるのです。このご質問は、まことに残念なことに、その「いい加減」の方にかかわっています。
 部首としての「广(まだれ)」は、たしかに建物に関する意味を表しています。「広」は本来は建物が「ひろい」ことですし、「庁」はお役所の建物、「店」だって建物なら、「庫」だって建物の一種です。
 しかし「度」は、字源的には「庶」の省略形と「又」から成り立つ、とされています。「庶」の音読みはショですが、古代中国ではドと似たような発音であったらしく、この場合の「庶」は単に発音を表していると考えてかまいません。
 一方の「又」は、字源としては手の象形で、手を使った動作を表す部首として使われることがあります。そのことは、「取」や「受」を考えていただければ、納得していただけるかと思います。
 「度」でも、「又」は手を使った動作を表しています。つまり、「度」というのは本来は、手を使って何かを測ることを意味する漢字なのです。
 であるなら、「度」の部首は「又」である、とする方がいいはずです。部首は時には「いい加減」だと申し上げたのは、まさにこの点です。この漢字は、本来的に考えると「又」を部首とすべきなのに、なぜか昔から「广」を部首とするとされているのです。まったく、理の通らない現象です。
 とはいえ、部首とは、漢和辞典で漢字を検索する重要な手段です。それをいじるということは、昨日まで「广」で引いていた漢字を、今日からは「又」で引いてください、と強要することにもなります。なかなか勇気がでないのも、わからないではありません。
 というわけで、「度」は建物と何の関係があるのか、というご質問に対しては、何の関係もございません、というのがお答えとなります。人間、だれしもいい加減なところがあるものです。とすれば、漢字の世界はやはり人間世界の反映であるのです。

Q0361 ある辞典では、「紫」は「糸」の6画、「柴」は「木」の5画となっていました。同じ「此」の数え方が違うのは、どうしてなのですか?
 「此」の画数は、ふつう、6画として数えます。ところがご指摘のように、辞典によっては、「紫」を「糸」の5画にしたり、「柴」を「木」の5画に数えていたりすることがあります。どうしてこのような現象が生じるのでしょうか。
 原因は、『康熙字典(こうきじてん)』にあります。18世紀の初めに中国で作られたこの漢字辞書は、現在に至るまで、漢和辞典の規範とされています。しかし、そこが神ならぬ人の子の悲しいところ、この偉大な辞書にも、間違いというものがあるのです。
 『康熙字典』では、「紫」を「木」の5画、「柴」を「木」の5画と数えています。しかし、「此」は「止」の2画で数えていて、「止」は4画で数えていますから、「此」は6画でなければならず、明らかに矛盾です。そしてこの矛盾は、そのまま現代日本の漢和辞典にまで引き継がれていることがあるのです。
 それでも、両者とも『康熙字典』の画数に従っているとすれば、それはそれでスジが通らないでもありません。しかし、ご質問のように、「紫」では「此」を6画、「柴」では5画に数えている辞典があるとすれば、それはそれは、さらに困った問題だといえるでしょう。
 私自身は、そのような辞典を見たことはありませんが、そんな事態を引き起こした理由は、おそらく、「紫」は常用漢字なのに「柴」は常用漢字ではないことにあるのではないでしょうか。
 現代日本の漢和辞典の世界では、常用漢字については『康熙字典』の権威よりも「常用漢字表」の権威の方が優先します。そこで、「紫」は『康熙字典』の呪縛から解放される可能性もあるわけですが、常用漢字でない「柴」の方は、その可能性は低いのです。実際問題としては、「常用漢字表」は画数を明示してはいないのですが、「紫」の場合は常用漢字だから画数をきちんと数え直し、「柴」の場合は『康熙字典』に盲目的に従った、ということはありえないわけではありません。
 自己弁護するわけではありませんが、どんな辞書にも間違いはつきものです。しかし、その間違いを引き継いでいく必要は、どこにもありません。私も、自分が担当した辞書に間違いをみつけたら(!)、できるだけ早く直すようにしたいものです。

Q0362 「大和」と書いて「やまと」と読むのはなぜですか?
 「やまと」の語源については、諸説紛々としていてなかなか一致をみていないようです。ただ、古代、奈良県の一部のことを「やまと」と呼んだことは確かで、そこに本拠地を置いた勢力が日本列島全体を代表する政権となったことから、「やまと」は日本列島全体を指すことばとしても使われることになりました。
 ところで、そのころ、中国では日本のことを「倭」と呼んでいました。なぜそう呼ばれたのか、これも確かなことはわかりませんが、この字は本来「なよなよしている」「従順な」といった意味ですから、当時の中国人は日本人に対して、そんなイメージを持っていたのかもしれません。
 さて、訓読みとは、漢字が中国語として表す意味を、日本語に翻訳したものです。そこで、中国語の「倭」は日本語で「やまと」なのですから、「倭」に「やまと」という訓読みが生まれました。しかし、もともとは必ずしもいい意味ではない「倭」という漢字を、日本人は気に入らなかったのでしょう。やがて日本人は、自分たちを表すのに「倭(ワ)」と同音で、もっといい意味を持った「和(ワ)」という漢字を用いるようになります。その結果、「和=やまと」となり、今度は「和」が「やまと」と訓読みされることになりました。
 その後、さらに「和」に「大」を付けた「大和」が誕生します。この場合の「大」は美称のようなもので、「立派なやまと」とでもいったところでしょうか。別に「立派でないやまと」があるわけではなく、「大」に本質的な意味はないのです。そこで、「大和」の2文字をまとめて「やまと」と読むようになりました。
 日本の地名の漢字は、このように、複雑な過程をたどって成立したものが多いのです。古くからある地名であればあるほど、漢字の意味と地名とが、単純には結びつかないケースが多いですから、注意が必要です。

Q0363 「穴」と「孔」とは、「穴」はへこんでいるだけ、「孔」は突き抜けているもの、という違いがあるという話を聞きましたが、ほんとうですか?
 一般的に言って、たしかにそのような違いはあるようです。小社『明鏡国語辞典』の「あな」というところを調べると、突き抜けている「あな」の場合には「孔」が好まれる、というようなことが書いてあります。「ごみを穴に埋める」「穴があったら入りたい」に対して、「針の孔」「靴下の孔」というわけです。
 しかし、それはあくまで慣用であって、必ずしも、漢字の本来の意味に基づくものだとは言えないようです。と言うのは、漢和辞典を調べると、「穴」の方にも「突き抜けているあな」の意味があるからです。
 たとえば、中国の古典『孟子』に基づく、「穴隙(けつげき)を鑽(き)る」ということばがあります。家の壁や垣根に「穴」を作ってのぞき見をすること、転じて、男女関係が乱れることを意味する慣用句です。この「穴」が「へこんでいるだけ」だと、いくらのぞいたって見えるのは闇ばかり。男女関係の乱れようもありません。
 こんな例からも、「穴」と「孔」の使い分けは、あくまで慣用的なものであることがわかるでしょう。
 なお、現在の「常用漢字表」では、「孔」には「あな」という訓読みを認めていません。そこで、この表に従うとすれば、「あな」と読むのは「穴」だけということになります。実際、「靴下の孔」よりも「靴下の穴」の方がしっくりくる、という人がいるのは、そのせいです。

Q0364 「執着」の「執」は、「幸せ」に「丸い」と書きますが、あまりいい意味ではない漢字のように思います。どうしてですか?
 確かに、「執」を含む熟語には「執着」「固執」「妄執」など、「何かにくっついて離れようとしない」という意味を持つものが多く、あまりいいイメージはありません。「幸せ」が「丸い」という太平楽なようすとは、結びつきそうにもありません。
 漢字の成り立ちには諸説あるのがふつうなのですが、「執」については、だいたい一致しているようです。この漢字は、甲骨文字では図のように書きます。この右半分、つまり「執」の「丸」に相当する部分は、人がひざまずいて両手をそろえて前に出しているようすを表しているとされています。そして、左半分はというと、これは「手かせ」のことを表しているとされています。
 そう言われてみると、この甲骨文字は、たしかに人が手錠をはめられてひざまずいている姿のように見えてきます。とすれば、それが「何かにくっついて離れようとしない」という意味を持っているとしても、何の不思議もありません。
 しかし、ここで気になるのは、この解釈だと「幸=手錠」ということになってしまうことです。そこで、「幸」の甲骨文字を調べてみると、図のような形をしていて、「執」の左半分とまぎれもなく同じ形。やはり「幸=手錠」だということになるらしいのです。
 「幸」の甲骨文字が「手かせ」の象形であることも、諸説だいたい一致しています。しかし、手錠の形を書いてそれが「幸せ」だとは、いったいどういうことでしょう? 古代中国の人々は、そろいもそろってマゾだったのでしょうか。
 この点については、説得力のある説明はなかなかないようです。一番多い解釈は、手錠を書くことによって逆に手錠から逃れられるという「幸せ」を表したのだ、というものですが、これはさすがに強引なように思います。
 漢字の誕生は、今から3000年以上も前の話。そんな昔のことが、なにもかもわかっているはずはありません。「幸」の字源も、歴史の闇の中に横たわる謎の1つだと思うしかなさそうです。

Q0365 芥川竜之介の「蜘蛛の糸」の主人公、カンダタのカンは、「牛」へんに「建」と書きますが、この漢字にはどんな意味があるのですか?
 図のような漢字ですね。この漢字の後に「陀多」と書いて、3文字でカンダタと読むのが、「蜘蛛の糸」の主人公の名前です。
 早速、小社『大漢和辞典』を調べてみますと、まず最初に「きんきりうし」と書いてありました。なんのことか、聞き慣れないことばですが、要するに「去勢された牛」のこと。世の男性陣にとって、「きんきり」とは、それなりに痛みを伴う表現であります。
 この漢字は、「去勢された牛」以外にも、「去勢する」とか「獣の名」といった意味で使われるようですが、実際の使用例はそれほど多くはないようです。ただ、それとは別に重要なのは、この漢字が、主に仏教の世界で、インドのサンスクリット語でカンと発音するような語を音訳するときにしばしば用いられた、ということです。
 私たちにとって、多少でもなじみのある例を挙げれば、ある年代の人々にとってはゴダイゴのヒット曲で有名な、最近ではタリバンに破壊された石仏との関係で有名な、ガンダーラという地名があります。現在のパキスタンからアフガニスタンにかけての地名です。このガンダーラを音訳するときに、この漢字の後に「陀羅」を続けて表すことがあったようです。
 さて、芥川竜之介の「蜘蛛の糸」は、もともとポール・ケーラスというアメリカ人が書いた「カルマ」という本に出てくるお話を翻案したものだとされています。もっとも、直接の翻案ではなく、芥川が直接のタネ本にしたのは、1898(明治31)年に鈴木大拙(だいせつ)が「因果の小車」という題で翻訳したものだそうです。
 この「因果の小車」では、カンダタの名前はすでに「蜘蛛の糸」と同じ漢字を使って書き表されています。おそらく、仏教学者であった鈴木大拙が、原書を翻訳するときに、カンダタのカンに、この漢字をあてたものでしょう。そのときの大拙の頭の中には、ガンダーラのことがあったのかもしれません。

Q0366 中国に「走頭無路」ということばがあるそうですが、どんな意味なのですか?
 残念ながら、小社『大漢和辞典』にはこのことばは載っていません。ただ、代わりに「走投無路」なら出ています。「進退が谷(きわ)まって困難する」という意味だとあります。
 かといって、「走頭無路」ということばがないわけではありません。中国の『漢語大詞典』にはきちんと出ていて、「走投無路」と同じだと書いてあります。「頭」の方には『水滸伝』からの用例が、「投」の方には『封神演義』からの用例が載っています。どちらも15~16世紀ごろ、明王朝の時代の作品ですから、中国でも近世の、話しことば的な世界で生まれた慣用句なのでしょう。
 その他、いくつかの中国の辞典を調べてみたのですが、意味としては『大漢和』と同じく、一言でいえば「出口がない状況」を表すようです。この場合の「投」とは「投奔」、日本語でいえば「~に向かう」という意味だと書いてある辞書もありましたから、本来は「投」の方が正しく、「頭」は「投」と発音が同じであるために使われるようになったのだろうと想像されます。
 「走頭」という文字面だけを眺めていると、私たち日本人には「先頭を走る」というような意味にも受け取れます。しかし、それでは「出口がない」とは正反対の意味になってしまいます。同じ漢字を使っているからといって、油断すると意味を取り違えてしまう、1つの例だと言えるでしょう。

Q0367 「空」という漢字の部首は、「ウかんむり」ですか、「穴かんむり」ですか?
 部首とは、字の形と意味とから、漢字を分類する方法です。そこで、たいていの場合、同じ部首に所属する漢字は、似たような意味を共有していることが多いのです。
 「ウかんむり」の場合は「室」や「家」「宅」「宿」「寮」などに代表されるように、家屋に関係する意味を持つ漢字が多く集まっています。また、「穴かんむり」の場合は、文字通り「穴」に関係する意味を持つ漢字が多く含まれます。「究」は本来、穴の奥を探ること、「窓」は壁に作った穴、といった具合です。
 そこで「空」ですが、この漢字には「むなしい」とか「うつろ」という意味があります。「空席」と言えば人がいない「うつろ」な座席のことですし、「空白」と言えば「むなしく」白い部分です。そう考えると、「空」という漢字には、中身のない「穴」と共通した意味があることがわかるでしょう。
 というわけで、「空」の部首は「穴かんむり」だということになります。このように、部首を見分けるには、その漢字の持つ意味に立ち戻って考えるのが、1つの有効な方法です。

Q0368 パイナップルを漢字で書き表すと、どうなりますか?
 パイナップルの英語のつづりは、pineapple。これは、pine(マツ) と apple(リンゴ)とに分解できます。なんでも、形は松ぼっくりに、味はリンゴに似ているというので pineapple と名付けられたそうです。そうならば、漢字で書くと「松林檎」となりそうなものですが、どうやらそうは問屋が卸さないようです。
 パイナップルの原産地はアメリカ大陸で、中国や日本には、ヨーロッパ人を通じてもたらされました。日本では沖縄で栽培されていますが、台湾での栽培も有名です。そこで、戦前、日本の植民地であったころに発行されていた『台湾日日新聞』などを当たってみたところ、「パイナツプル」「パイン」などに混じって、パイナップルのことを「鳳梨」と書き表しているのが見られました。中国語では、パイナップルのことをこう書きますから、それをそのまま使っているのでしょう。
 と、ここまで調べたところで、数年前、台湾に旅行したときに食べたパイナップル・ケーキのことを思い出しました。そう言われてみれば、あの包装紙にもたしか「鳳梨」と書いてあったぞ!
 とはいえ、そんな昔のパイナップル・ケーキが我が家に残っているはずもなし(あったらあったで恐ろしい!)。そこで、そのときの写真を一生懸命探してみたのですが、残念ながらパイナップル・ケーキの映っているものは見つからずじまい。代わりと言ってはなんですが、写真のようなものが出てきました。どうやら、台湾ではアスパラガスのことを「蘆筍」と書くようです。
 あ、ちなみにこのアスパラガス・ジュース、恐る恐る飲んでみましたが、意外とおいしかったですよ。

Q0369 中国の神話に出てくる「羲和」という人物の名前は、ギワと読むのですか、ギカと読むのですか?
 「羲和」というのは、中国の神話の中で、太陽の車の御者をしているという、一種の神様の名前です。ギリシャ神話に出てくるヘリオスという太陽の神も、4頭立ての馬車に乗って、ご苦労なことに毎日東から西へと空を渡るそうですから、洋の東西、似たような役回りの神様がいたわけです。
 さて、その読み方ですが、たしかにギワとギカの2通りがあります。漢字には呉音漢音という2つの音読みがあることは、これまでにもあちこちで触れてきたことですが、「和」の場合、呉音がワ、漢音がカということになります。
 呉音と漢音の違いは、時代的な要因や地理的要因に基づくもので、意味の違いではありません。ですから、ある熟語をどちらで読むかというのは、たいていの場合、慣習に従う以外、正解不正解を決める方法がありません。
 伝統的な漢文学の世界では、漢音の方が新しいことなどから、漢音を尊重してきました。そこで、「羲和」も漢音でギカと読むのが習慣です。小社の『大漢和辞典』を始め、ちょっと古くからある漢和辞典の多くはこちらの読み方しか載せていません。
 しかし一般世間では、「和」という漢字はワという音読みで親しまれています。聖徳太子の「和を以(もっ)て貴(たっと)しと為(な)せ」の時代から、「和」を見てすぐに思い出す読み方はワなのです。そこで、いくら伝統的な漢文の世界ではギカと読むのだ、とがんばったところで、ギワと読む人が増えていくのは世の趨勢というものでしょう。
 というわけで、現在ではギワという読みを載せている辞典も少なからずあります。どっちにしろ、本来は中国語であったものを、どのような「日本なまり」で発音するか、という問題です。あまりこだわらなくてもよいでしょう。

Q0370 履歴書などで「現在にいたる」と書くとき、この「いたる」は「到る」と「至る」のどちらで書くのがよいでしょうか?
 「至」と「到」は、どちらも「いたる」と訓読みしますが、音読みはシとトウで全く違います。従って、本来の中国語としては、別のことばだと考えるべきでしょう。とはいえ、この両者の意味の違いをきちんと解説したものは、なかなか見あたりません。
 字源的な観点から、「至」は真っ直ぐに届くことを表し、「到」は紆余曲折を経て届くことを表すという説があります。「現在にいたる」について考えている私たちにとっては、この説はなんとも意味ありげに響きますが、これはあくまで漢字の成り立ちから考えた説です。現在の日本での使い分けに、そのままあてはめるのは危険というものでしょう。
 また、漢文では「至」は目的語を取らず、「到」は目的語を取る、という文法的な観点から解説する辞書もあります。「至」が目的語を取らないのは、「いたる」という行為そのものに重点を置いているからだし、「到」の方は、「いたる」という行為の結果に重点を置いているから目的語を取るのだ、というのです。これまた、前説と響き合ってなんとも意味ありげではありますが、こちらも漢文の世界でのお話。履歴書に適用するのは、ちょっと時代錯誤かもしれません。
 結局のところ、現代日本語での「至」と「到」の違いは、よくわかりません。ただし、『常用漢字表』で「いたる」という訓読みが認められているのは、実は「至」だけなのです。したがって、はなはだ無粋な理由からではありますが、履歴書の場合は「現在に至る」と書いた方がよいでしょう。
 なんたって履歴書は、人生を左右しかねないことがある大事な書類。意地悪なおじさんから、「キミは『常用漢字表』も知らないのかね」などと、つまらないケチをつけられたくはないですからね。

Q0371 『常用漢字表』では「河」の音読みはカだけですが、実際には「山河」「運河」「大河」など、ガと読むことが多いのは、なぜですか?
 たしかにその通りですね。「河」をガと読む熟語は、他にも「銀河」「氷河」などがあります。逆にカと読む熟語としては、「河川」「河口」「河岸」などを挙げることができます。
 ここで気が付くのは、「河」が熟語の頭(1字め)に来るときにはカと読むことが多く、お尻(2字めなど)に置かれる場合にはガと読むことが多い、ということでしょう。これには、Q0337でちょっと触れた「連濁(れんだく)」という現象が関係してきます。
 「連濁」とは、あることばの最初の音が、直前に来る音によって濁音に変化する現象です。漢字の音読みの場合、直前に「ン」「ウ」が来る場合に、連濁が生じることがあります(常に連濁が生じるわけではありません)。「山河」「運河」「銀河」はすべて、1字めがサン・ウン・ギンという具合にンで終わっていますから、2字めのカが連濁を起こしてガとなるのです。また、「氷河」は、ウの直後で連濁が起きる例です。
 連濁について知っておくと、熟語の頭に来たときには「河」はカと読むのに、お尻に置かれたときにはガと読むことが多いということが、理解しやすいでしょう。そして、『常用漢字表』には連濁についてのきちんとした記述はないので、一般には、連濁で生じる読み方は『常用漢字表』の許容範囲だと解釈されているのです。
 しかし、問題は「大河」です。「大」はタイと読みますから、「河」が連濁を起こすはずはありません。これをなぜタイガと読むのかを合理的に説明しようとするのは、なかなかむずかしいようです。漢音呉音を持ち出して、「河」の音読みは漢音ではカだけど呉音ではガだ、と主張することはできますが、「大」をタイと読むのは漢音なので、タイガは漢音+呉音のごちゃ混ぜ読みとなってしまって、この主張はいまひとつ説得力がありません。
 おそらく、「河」が熟語のお尻に置かれたとき、連濁を起こす熟語がたまたま多いことから、「大河」も慣習的にタイガと読まれるようになったのではないでしょうか? 習慣は、論理より優先されるのです。

Q0372 「東風」と書いて「こち」と読みますが、「南風」「北風」「西風」には、このような読み方はあるのですか?
 これも、Q0310などでご説明した熟字訓です。まず、「こち」という日本語と「東風」という中国語とが別々にあって、両者が同じ意味であるところから、「東風」と書いて「こち」と読む、というわけです。ふつう、訓読みといえば漢字1文字に対して、その意味を日本語で表すものですが、熟字訓の場合は、漢字2文字以上をまとめて訓読みしてしまうです。
 さて、ではほかの方角の風にも熟字訓があるのかというと、そうは問屋が卸しません。「南風」については「はえ」という熟字訓がありますが、「北風」「西風」には残念ながらないようなのです。
 もともと、風の名前というのは、「ひがしかぜ」「みなみかぜ」といったように、方角に「かぜ」をくっつければ十分なはずです。なのにわざわざ特別な名前を付けるということは、その風が何か特別な意味を持っていることを暗示しています。「北風」や「西風」には、昔の日本人はあまり特別な思いを抱かなかったのかもしれません。
 ただし、東北の風と東南の風には、特別な名前があります。前者は「ならい」、後者は「いなさ」といいます。あまり一般的ではありませんが、それぞれ、「東北風」と書いて熟字訓として「ならい」と、「東南風」と書いて熟字訓として「いなさ」と読むこともあるようです。

Q0373 意味のない漢字って、あるんですか?
 漢字は「表意文字」と言われることがあるように、原則として1字1字が特定の意味を持っているとされています。しかし、よく考えてみると、必ずしもそうは言えない漢字も中にはあります。
 漢文の世界で伝統的に「意味がない」とされてきたのは、「助字(じょじ)」と呼ばれる漢字です。たとえば、『論語』の一番最初で孔子は
   「学而時習之」
と言うのですが、これを訓読では
   「学びて時に之(これ)を習う」
と読みます。注意深く見るとおわかりの通り、「而(音読みはジ)」という漢字は飛ばされていますよね。「而」には意味がないから、訓読では読まない、というわけです。
 しかし実際には、この「而」は「学」と「時習之」を接続する働きをしています。たしかに「山」や「川」のような意味での意味(ヤヤコシイ!)はありませんが、「而」にだって接続の意味がある、ということもできるでしょう。
 また、『史記』の中の有名な「四面楚歌」の場面で、一代の英雄・項羽(こうう)は「力抜山兮気蓋世」と歌います。これを訓読するときには、「力は山を抜き、気は世を蓋(おお)う」と読みます。ここでも、「兮(音読みはケイ)」という漢字は飛ばされてしまっていますよね。
 この漢字は一般に、リズムを整えるための漢字で、特に意味はない、と説明されています。「リズムを整える」というのがどういうことを指すのか、私にはよくわからないのですが、息継ぎのようなもの、あるいは相の手のようなものなのでしょうか。こうなってくると、先ほどの「而」よりもさらに「意味がない」と言えるでしょうが、それでも「リズムを整える」という意味があるんだ、と言い張ることも可能は可能です。
 以上のような例とは異なりますが、単独では意味を持たない漢字というものもあります。たとえば「葡萄」は2文字でブドウを表すのであって、「葡」と「萄」の1文字ごとに独立させて使われることはありません。「林檎」も2文字でリンゴであって、「檎」だけを単独で用いることはないのです。
 このような漢字も、「意味がない」と言うこともできるでしょう。もちろんそれは、「意味がない」の「意味」とはどういう意味の「意味」なのか(!)によって変わってくる問題で、「葡」には「ブドウのブ」っていう意味があるじゃない、と反論することもできますが……。

Q0374 「素敵」という熟語には、どうして「敵」という漢字が使われているのですか?
 「素」という漢字は、「素顔」「素手」「素材」のように「もとのままで、手を加えない」という意味で使われます。それが「素敵」となると「もとのままの敵」となって、なんのことやら意味不明、混乱するのももっともです。
 「すてき」は、江戸時代も後半になってから使われ始めたことばですが、その語源は、「すばらしい」の「す」に「的」がついたもの、という説が有力です。と言われてもピンと来ない人も多いでしょうが、江戸の終わりから明治にかけての時期には、泥棒のことを「泥的」、官僚のことを「官的」というような俗語があって、それと似たような用い方をされたものなのでしょう。
 となると「すてき」とは「す的」なのであって、「素敵」は当て字だ、ということになります。事実、「すばらしい」を「素晴らしい」と書くことから生じたのでしょうか、「すてき」を「素的」と書く書き表し方もあって、昔はこちらの方が「素敵」よりも優勢だったといいます。つまり、「素敵」に「敵」が使われているのには、きちんとした理由は全くない、ということになるのです。
 ただし、現在では「素的」はほとんど使われません。そこで、「素的」はなぜ「素敵」にとって代わられたのか? という疑問が生じてきます。その答えはわかりませんが、結果として「ぜいたくは素敵だ」「大胆素敵」などといったことば遊びの名作(?)が生まれたことを考えると、そこには、日本人のステキな遊び心が働いていたのかもしれません。

Q0375 「改竄」の「竄」には「鼠」という漢字が含まれていますが、ネズミと何か関係があるのですか?
 この「竄」、よく考えてみると意味のはっきりしない漢字です。例の構造計算書の件ですっかり有名になった「改竄」ということばは、「勝手に書き変えること」という意味ですが、では他に「竄」を使う場面があるかというと、あんまりなさそうだからです。
 漢和辞典を調べてみると、「竄」には「かくれる」「のがれる」などとともに「文字を書き変える」という意味が載っています。そこで、こういった意味がいったいネズミとどんな関係にあるのか、というのが問題となります。
 「竄」は、「穴」と「鼠」に分解することができます。そこで、ネズミが巣穴に入ることを表すのが、その本来の意味だとされています。「かくれる」「のがれる」といった意味は、ここから来ているのです。
 ミッキーマウスや、「トムとジェリー」のジェリーなんていう偉大なる例外はいるものの、ネズミといえば基本的にはこそこそと動き回っているイメージがあるものです。そこで、ネズミが巣穴に入るというと、どうしてもこっそり入るイメージとなります。そこから、「こっそり入れる」という意味が生まれ、それが「こっそり文字を挿入する」となり、さらに発展して「こっそり文字を書き変える」となった。――というのが、「竄」が「文字を書き変える」という意味を持つようになった理由だと推測されています。
 何かを改竄して一時的には利益を得たとしても、いずれはそれが発覚して、ネズミのようにこそこそと生きていかなくてはならないハメに陥るものです。いやいや、そんなことを言ってはミッキーやジェリーに申し訳ありません。姑息な手段は考えず、正々堂々と生きていきたいものです。

Q0376 「並」「首」「前」「兼」などの冠になっているのは、なんという部首なのですか?
 いずれも、部首の判別のむずかしい漢字ですね。ためしに漢和辞典の音訓索引から「なみ」を調べて、本文を検索してみると、「並」という漢字の部首は「一」になっていたり、あるいは「立」になっていたりすることがわかるでしょう。つまり、「並」の冠の位置にある図のような形は、部首ではないのです。
 「並」の部首が「立」になっているのは、この字の旧字体が「竝」という形をしていたからですが、ご質問にある他の漢字の部首はどうなっているでしょうか。「首」の部首は「首」自身、「前」の部首は「りっとう」、「兼」の部首は「八」です。いずれも、慣れていなければ頭に浮かんでこない部首でしょう。
 部首とは伝統的に、このような「検索しにくいもの」が含まれているものです。しかし、それでは困る、という考え方もあります。部首とは漢和辞典で漢字を見つけるためのものなのだから、検索しにくくては困る、というわけです。
 そこで、ご質問で挙げていただいたような漢字に共通する部分を取り出して、新たに部首として定めている漢和辞典もあります。部首名としては、カタカナの「ソ」と漢字の「一」を組み合わせたように見えることから、「そいち」「そのいち」などと呼ばれています。
 幸か不幸か、この部首はまだまだ一般的ではありません。漢字検定などでは、この部首を答えると×になってしまうかもしれません。しかし、部首を使いやすいように改変するというのは、ある意味でとても進歩的な考え方です。ひょっとすると、「そいち」が定着するような未来が、待っているのかもしれません。

Q0377 「橋」の右上、「呑」の部分が「有」となっている漢字を見つけたのですが、なんと読むのですか?
 それは、図のような字ではありませんか? これは、柏書房の『異体字解読字典』から拝借したものですが、ご質問の漢字がこれだとすれば、「橋」の異体字です。
 「橋」という漢字には、「呑」という部分が「右」という形になった異体字があります。ご質問の漢字は、それがさらに変化したものでしょう。「右」の「口」を構成する4本の棒をそれぞれ別々に書いたところから、「有」に似た形になった漢字だと思われます。この2種類の異体字は、古文書や石碑などで比較的よく見かける漢字です。
 次の図は、何を隠そう小社『大漢和辞典』(修訂第2版)の背文字の一部、諸橋轍次博士の「橋」の字です。ご覧のとおり、「呑」の部分が「右」になっていますよね。これを揮毫なさったのは博士ではありませんが、博士ご自身も、ふだんからこの異体字をお使いになることが多かったようです。
 だからなのかどうなのか知りませんが、『大漢和』はこの「右」の方の異体字は、きちんと収録しています。ただし、ご質問にあった「有」に似た形になった異体字の方は、残念ながら収録していません。

Q0378 「賛」の旧字体から新字体への変化は、いつごろ、どのようにして起こったのですか?
 「賛」の旧字体は「贊」で、ちゃんとJIS漢字にも入っているのですが、画面上だと小さくて見にくいでしょうから、まずは画像にしてお見せしておきましょう。左が新字体、右が旧字体です。
 新字体というと、戦後の国語改革によって新たに作られた字体だと思われがちですが、中には、それ以前から使われていた漢字も多く含まれています。「賛」はその代表格のようなもので、小社『大漢和辞典』にもきちんと収録されています。
 その『大漢和』の「賛」のところを見ると、『集韻(しゅういん)』という中国の昔の辞書を引用して、「贊、隷に賛に作る」と書いてあります。「贊」は、隷書(れいしょ)では「賛」と書いた、という意味です。隷書といえば、紀元前1、2世紀、漢王朝の時代に使われた書体ですから、「賛」はそのころから存在した漢字だ、ということになります。
 そこで、隷書よりも以前から存在したと言われている篆文(てんぶん。篆書)の「賛」と、隷書の「賛」とを見比べてみましょう。図の左が篆文、右が隷書です(隷書は、いつもお世話になっている角川書店『書道大字典』から拝借しました)。篆文では、そのまま楷書にすると「贊」になりそうな形をしていますが、隷書では紛れもなく「賛」になっていることがわかります。
 つまり、「賛」が新字体で「贊」が旧字体、と言ったって、「賛」だってずいぶんと年をとっているわけです。40歳を目前にしながら、童顔のためにどうしても若輩視されがちな私にとっては、なんだか身につまされるお話なのでした。

Q0379 「球」や「環」などの部首の「王」は、漢和辞典では「玉」だという扱いになっていますが、どうしてですか?
 この問題については、だいぶ前、Q0235で少し触れたことがあります。そこでご説明したのは、「理」の「王」は、「玉」が変形したものなのです、ということでした。
 「球」や「環」などの漢字の意味を考えていただくと、これらの漢字が「玉」と関係する意味を持っていることがわかっていただけると思います。「理」だって、本来は宝玉の表面の模様のことです。部首とは本来、意味と字形によって漢字を分類する方法ですから、これらの漢字の部首が「王」ではなくて「玉」だというのも、理由のない話ではないのです。
 実際、篆文(てんぶん。篆書)の時代には、「玉」という字には点がありませんでした。このことについて、『大漢和辞典』の「玉」のところにおもしろい話が載っています。『六書精蘊(りくしょせいうん)』という中国の本からの引用ですが、今風にまとめると、次のようになります。
「王」という漢字は、天・地・人を表す3本の横棒を1本の縦棒が貫く形から来ていて、真ん中の棒は上に寄せて書く。王は天命に従って政治を行うからである。それに対して、「玉」という漢字は、本来、三つの玉を一本の糸でつなげた形から来ているから、3つの横棒は等間隔に書く。ところが世間では、「王」の真ん中の棒を上に寄せて書くことを知らないから、「玉」には点を付けて区別したのだ。
 天・地・人の総てを1つにまとめあげるのが「王」だ、ということなのでしょう。だからといって、真ん中の棒を上に寄せて書かなくてはいけないとも思えませんが、王様は天に近いところにいるから、といった理屈なのでしょうか。
 間隔が違うだけで、「王」と「玉」を区別しなくてはならないとしたら、これはたいへんなことです。王様ならぬ私たちとしては、そんな時代に生まれなかったことを感謝すべきでしょう。
 とはいえ、「玉」「環」「理」の部首は、と聞かれて「たま」と答えよ、というのも、なかなか無茶なお話。このあたり、漢和辞典にはまだまだ改良の余地がありそうです。

Q0380 「追求」「追及」「追究」「追給」はみんなツイキュウと読みますが、この使い分けを教えてください。
 この種の疑問に対する答えを手っ取り早く知りたいときには、小社『明鏡国語辞典』が便利です。試みにツイキュウを調べてみますと、「追求」のところに、次のように書いてあります。
一般に理想・利益などを追う意では「追求」、学問・真理などを追う意では「追究」、悪事・犯人などを追う意では「追及」と書き分ける。「追求」は最も意味が広く、「追究」「追及」の代わりに使われることもある。
 つまり、「追求」は文字通り「追い求める」意味ですから、一番守備範囲が広く、困ったときはこれを使っておけばOK。「追究」の「究」は「研究」の「究」ですから、学問や真理を追い求めるとき、「及」には「追いつく」という意味があるので、犯人を逮捕するときには「追及」を使う、というわけです。
 ちなみに「追給」だけは全く意味が違って、「追加支給」の省略だと思えばいいでしょう。『明鏡国語辞典』によれば「給料の不足分または追加分をあとから支給すること。また、その給料」とあります。なんだか「棚からぼた餅」という感じですが、私自身は、小さな悪事を「追及」されたことはあっても、「追給」の方は経験がありません。

Q0381 先日、あるお寿司屋さんに入ったら、「活ほたて貝」を「かつほたてがい」と発音している板さんがいたのですが、「いきほたてがい」じゃないんですか?
 お寿司屋さんでほたて貝なんて、なかなかイキですねえ!
 なんていうダジャレは置いておいて、早速本題に入りましょう。漢字には音読み訓読みがありますが、一般に、あることばの一部分になっている漢字をどちらで読むかは、そのことばの他の部分に影響されます。つまり、音読みは音読みと結びつきやすく、訓読みは訓読みと結びつきやすいのです。音読みとは本来は中国語ですから、中国語と日本語を結びつけて読むのは、落ち着きが悪いからです。
 「活ほたて貝」の場合、「ほたてがい」は訓読みのことば(漢字で書けば「帆立貝」)ですから、「活」も訓読みにしたいところです。「活」には「いきる」という訓読みがありますから、ここは「いきほたてがい」と読むのが順当なところでしょう。
 ところが、ことばとは不思議なもので、理論通りにはなかなかいかないのです。「活ほたて貝」を「カツほたてがい」、「活蛸」を「カツだこ」、「活鮪」を「カツまぐろ」などと読む例は、最近は特に多いようなのです。
 このように、あることばを「音読み+訓読み」で読む読み方を重箱読みといいます。重箱読みが起こる条件の1つとして、その漢字が訓読みされることが少なく、音読みされることが圧倒的に多いということが挙げられます。そのような漢字を目にしたとたん、人は音読みの方を思い浮かべますから、続く漢字が訓読みだろうとなんだろうと、とっさに音読みしてしまうのです。
 そういう点から考えますと、「活」という漢字も、現在ではほとんど音読みでしか使われないといえます。『常用漢字表』では、この漢字に訓読みは認められていませんから、少なくとも学校では、訓読みの「いきる」は教わらないからです。
 いい悪いは別として、『常用漢字表』の影響力は、こんなところにも及んでいると言えるのかもしれません。

Q0382 「壁紙をはる」の「はる」は、「張る」ですか、「貼る」ですか?
 最初に無粋なお話をしておきますと、現在の『常用漢字表』には「貼」は掲載されていません。そこで、この表の範囲内で日本語を書き表そうとするなら、ご質問に対するお答えは、自動的に「張る」となります。
 とはいえ、現実に「貼」という漢字は存在して、パソコンで「はる」と入力すると普通に「貼る」と変換されるわけです。そこで、ここは『常用漢字表』にはちょっとご遠慮願った上で、ご質問について考えてみることにいたしましょう。
 「貼」を漢和辞典で調べると、本来は「質に入れる」という意味だ、というようなことが書いてあります。「財」「貯」「賃」など、「貝」の付く漢字にはお金に関係する意味を持つものが多いですから、「貼」にそんな意味があっても、不思議ではありません。でも、その意味がどうして「貼る」に変化したのかについては、よくわからないのが実状のようです。
 ただ、「貼」には「占」という漢字も含まれています。「占」には「うらない」という意味もありますが、「占領」のように、ある場所を「占める」という意味があります。そこで、「貼」にもどこか平面的な、ぺったりとしたイメージがあるようです。
 それに対して「張」の方は、「弓」へんが付いていることからわかるように、本来は弓の絃を「張る」という意味です。従って、同じ「はる」でも、「貼る」に比べれば直線的なイメージがあると思われます。
 そこで、紙などの平面的なものを「はる」場合には、「貼る」という漢字が好まれる傾向があるようです。たしかに、凝った肩にサロンパスを「張る」となると、なんとなく緊張がほぐれそうにはありませんね。やはり「貼る」でないと、現代社会のストレスは解消できないように思われます。

Q0383 「会社」をひっくり返すと「社会」になりますが、この2つの熟語は、何か関係があるのですか?
 おもしろい着眼点ですよね。漢字の順序を入れ換えてもことばとして成立する2字熟語というのは、意外と多いものですが、たいていは「議会」と「会議」のように、なんとなく似た意味を持っているものです。でも、「会社」と「社会」とは、かなり違うように思えます。
 斎藤毅『明治のことば』(講談社学術文庫)によりますと、「会社」も「社会」も、本来は古代中国語の「社」に由来することばです。古代中国語の「社」とは、土地の守り神のことを表します。日本風に言えば「村の神様」のことで、この神様をまつるための村人の集まりを「会社」とか「社会」とか言ったようです。つまり、この2つの熟語は、本来は同じ意味だったのです。
 幕末になって西洋文明が日本へと押し寄せてくると、西洋流の新しい概念を日本語に翻訳するために、さまざまな工夫がなされました。その中で、「会社」「社会」は、目的を共有する人々の集団のことを表すことばとして、使われるようになります。しかし、やがて「社会」の方が、人々の集団全体を表す society の訳語として定着するようになると、「会社」の方は、営利を目的とした人々の集団 company の訳語として使われるようになっていきます。両者の分離は、1874(明治7)年から1877(明治10)年ごろのことだったといいます。
 「会社」が「社会」と同じ意味で使われていたとは、ちょっとヘンな感じもしますが、「学術会社(いまで言う学界のこと)」「人間会社(人間社会のこと)」といったことばもあったそうです。たしかに、「会社」=「社会」という等式が成り立ちますね。
 「会社」と「社会」が分離してほぼ130年。今では「社会のため」と「会社のため」とは、だいぶん違う意味で使われるようになりました。営利企業に勤める1人として、「会社」と「社会」の関係について、一度ゆっくり考え直してみる必要がありそうです。

Q0384 筆順はいつごろ決まったものなのですか? 甲骨文字のころからあったのですか?
 Q0103でご紹介したとおり、現在、私たちが「筆順」と呼んでいるものが定められたのは、1958年の文部省著作『筆順指導の手びき』においてです。それ以前もそれ以後も、国家的な規模で筆順を定めたものは、日本にはありません。したがって、筆順が決まったのは1958年、ということができます。
 とはいえ、それまで何の基準もなかったものが、この年に突然、定められたわけではありません。以前から、さまざまな流派があって行われていた筆順が、この機会に統一されたのです。
 では、その「さまざまな流派」においては、いつごろから筆順を決めていたのか、ということになりますが、詳しいことはわかりません。しかし、書道という芸術が成立していく中で、筆順が意識されるようになったのは確かでしょう。
 だれもが小学校で経験しているように、書道というのは、お手本を見ながらそれを忠実に写していくことで、基本を習得します。このとき、お手本が書かれた筆順を無視していては、お手本どおりの字を書くことは困難です。ここに、筆順が成立するきっかけがあったのではないでしょうか。
 甲骨文字のころから筆順があったのかどうかは、わかりません。あったとしても、現在の私たちの「筆順」とはだいぶ違うものだったでしょう。私たちがふつうに意識しているのは楷書(かいしょ)の筆順ですが、楷書の成立は紀元3~7世紀ごろにかけてのこと。4世紀ごろには、書道の名人が書いたお手本を写すような習慣も生まれていたようです。とすれば、楷書の筆順も、そのころから漠然と存在していたのではないでしょうか。

Q0385 これまで、「北」の左下の部分は右上へと突き出るのだとばかり思っていたのですが、辞典で見るとどうも違うようです。突き出るのは間違いなのですか?
 おっしゃっているのは、図の2つの違いではありませんか? 左側の「北」では、縦棒が下まで長く降りていて横棒は突き出ていないのに対して、右側の「北」では、縦棒を遮るような形で、横棒が右上へとはね上がっています。
 Q0029Q0150などで少し触れたように、漢字の中には、活字と手書きとの間で、字の形が微妙に違うことがあります。「北」のこの部分はその代表的なもので、活字の場合、多くは左側のような形となり、手書きの場合はたいてい、右側のように書くのが習慣となっているのです。
 この両者の違いは、活字のデザインと手書きの字形との違いですから、活字を使って印刷された辞書を見ると、ほとんど左側のようになっているはずです。でも、だからといって右側のように手で書いたら間違いか、というと、そうではないのです。
 どうしてそんなややこしいことになっているのか? と尋ねられても、ちょっと返事に困ってしまいます。ただ、漢字の活字というのは19世紀になってやっと本格的に作られ始めたものですから、本来は手書きの形を基準に考えるのがスジが通っているはずです。とはいえ、活字は活字でずっとこの形でやってきたものですから、それが習慣となっているのです。
 私は最近、寝る前に歯磨きをするようにしたいと思ってはいるのですが、ついつい忘れて寝てしまいます。習慣を変えるというのはなかなかむずかしいものです。ここは、漢字の世界の習慣にも目をつぶっていただいて、手書きと活字とでは字の形が違うことがある、ということだけ、心に留めて見守っていただければと思います。それはちょうど、アルファベットにもブロック体と筆記体とがあるようなものなのです。

Q0386 「博引旁証」という四字熟語を分解すると、「博(ひろ)く引用して旁(かたがた)証明する」となります。どこかおかしくないですか?
 おかしく感じるのは、「旁(かたがた)」のところではないでしょうか。「かたがた」というのは「ついでに」という意味ですから、「広く引用したついでに証明する」では、なんのために引用しているのやら。意味をなしません。
 そこで、『大修館四字熟語辞典』を調べてみました。すると、「『旁証』は、あまねく証拠を示すこと。『旁』は、ここでは、あまねく」と書いてありました。つまり、「旁」の意味を「かたがた」「ついでに」と解釈してしまっては間違いで、「あまねく」と解釈しなくてはいけないのです。
 ここで気がついたのは、「博引旁証」が、いわゆる「互文(ごぶん)」になっている、ということです。
 互文とは聞き慣れないことばかもしれません。わかりやすい例を挙げますと、「日進月歩」のようなものです。この四字熟語は「日に進み月に歩く」と分解できますが、別に「一日たったら進み、一月たったら歩く」というわけではありません。「日や月が過ぎるとともに進歩する」という意味なのです。つまり「日進月歩」とは「日月進歩」なわけで、このように、4つの部分から成り立っていて、真ん中の2つの順序を入れ換えるとわかりやすくなるような構造を持つ文を、互文というのです。
 「雲散霧消」「神出鬼没」「東奔西走」など、四字熟語には、互文になっているものがたくさんあります。「博引旁証」の場合も、これを互文と考えて、「広くあまねく、引用したり証拠を挙げたりする」と理解するとわかりやすいでしょう。
 それにしても『大修館四字熟語辞典』、「博引旁証」の「旁」にきちんと説明がつけてあるあたり、自分が担当した辞書ながら、さすがですね! かゆいところに手が届くとは、まさしくこの辞典のことを言うのでありましょう!!

Q0387 「上野公園」の「園」と、「馬事公苑」の「苑」には、意味の違いや使い分けがあるのでしょうか?
 紀元1世紀の終わりごろに作られた字書『説文解字(せつもんかいじ)』によりますと、「園」は果樹を植えるところ、「苑」は鳥や獣を飼うところ、となっています。これが定説であれば説明も簡単でいいのですが、他にも、垣根で囲ったのが「園」で、土手で囲ったのが「苑」だ、なんていう説もあったりして、はっきりしたところはよくわかりません。漢字の歴史は長いですから、おそらく時代によって、あるいは地域によって、両者の使い分けもさまざまに変化したことでしょう。
 そこで、ここでは現代の日本に絞って考えてみることにしましょう。現在、常用漢字に指定されているのは「園」だけですから、原則としてこちらを使うのがふつうだとされています。実際、1956(昭和31)年に国語審議会がまとめた「同音の漢字による書きかえ」という報告書では、「苑地」は「園地」に書きかえる、ということになっています。つまり、「苑」と「園」に微妙な意味の違いがあったとしても、現在では両者の意味を含めて「園」で表してよい、というのです。
 しかし、すべて書きかえてよいとしても、その「原則」をわざわざ破ってまで「苑」を使うケースがあることも確かです。だとすると、そんな場合には、「原則を破りたい」というなんらかの意識が働いていると考えることができるでしょう。
 つまり、「園」ではあまりに月並みだ、うちはちょっと違うのだ……。そんな意識が働いたとき、「苑」が選択されると考えられないでしょうか。その際、「苑」に託されているのは、稀少価値であったり、高級感であったり、あるいは他者とは違うという、特別な意識であったりするのでしょう。
 「馬事公苑」といえば、東京は世田谷にある公園が有名ですが、全国各地に同名の施設があるようです。この「公苑」を初め、「霊苑」「墓苑」「茶苑」「学苑」など、わざわざ「苑」を用いて付けられた施設名には、それぞれの思い入れが込められているのです。

Q0388 「鍛冶(かじ)」を「鍛治」と書くことがあるみたいですが、間違いじゃないんですか?
 「冶」と「治」、「にすい」と「さんずい」の違いですね。もちろん正しくは「にすい」の方ですが、ちょっと見には見分けがつきにくいですから、間違えてしまうことも大いにありえるでしょう。
 「鍛」は「鍛錬」の「鍛」で、音読みはタン、「きたえる」という意味の漢字です。「冶」の方の音読みはヤで、「とかす」という意味があります。そこで、「鍛冶」という熟語は、本来はタンヤと音読みすべきものではないかと思います。金属をたたいて鍛えたり、溶かしたりして加工することを「鍛冶(タンヤ)」と表現するわけです。
 一方、「かじ」ということばは、金属を打つところから「かなうち」→「かぬち」→「かじ」と変化して生まれたようです。その結果、「鍛冶(タンヤ)」と「かじ」とは同じことを表すことばとなり、「鍛冶」と書いて「かじ」と読む習慣が生まれたのでしょう。いわゆる熟字訓の1つです。
 「鍛冶」と書いて「かじ」と読むようになると、「鍛」=「か」、「冶」=「じ」というふうに解釈したくなるのが人情というもの。そうして、「冶」=「じ」なのだと思いこむと、「冶」という字が「治」に見えてくるのも、これまた人情というものでありましょう。こうして、本来は「鍛冶」と「にすい」で書くべきところを、「さんずい」の方を使って「鍛治」と書いてしまうケースが生じることになったわけです。
 おもしろいのは、インターネット上を眺めていると、「にすい」の「冶」を使った「冶金(ヤキン)」「冶工(ヤコウ)」といった熟語まで、「治金」「治工」と書かれているケースに出会うことです。これらの熟語では、別に「冶」を「じ」と読むわけではありませんから、「さんずい」の「治」と間違えるのは、解せないところです。
 しかし、この間違いにも同情すべき点はあります。ためしに、ワープロで「かじ」と入力して変換してみてください。「にすい」の「鍛冶」の他に、「さんずい」の「鍛治」も出てくるはずです(MSIME2003、ATOK17で確認)。本来は間違いであるはずの「さんずい」の方が、どうして出てくるのでしょうか? それはおそらく、「さんずい」の「鍛治」さんという名字の方がいらっしゃるからではないかと思われます。
 そこで、「冶金」や「冶工」を入力しようとするときに、そのままでは変換できないと思って、先に「かじ」と入れて変換した結果、「さんずい」の「鍛治」が出ているのに気づかず、そのまま「治」を使ってしまう、という現象が起きているのではないでしょうか。
 まったく、漢字というものは、まことに奥が深いものだと、ため息をついてしまいますね。

Q0389 「白」という漢字は、「しろ」という意味の他に、まったく関係のない「打ち明ける」という意味を持っていますが、どうしてですか?
 「告白」「自白」といった熟語を考えてみればわかるように、たしかに「白」には「打ち明ける」という意味で使われることがあります。ただし、「独白」「敬白」といった熟語もありますから、「打ち明ける」というよりは単に「話す」「申す」という意味だと考えた方が無難でしょう。
 このように、漢字には、一見、まったく関係のなさそうな複数の意味を持っているものがたくさんあります。そして、どういう理由でそんなことになってしまったのかは、一字一字、個別の事情があって、実にさまざまなのです。
 「白」の場合、この字がどうして「話す」という意味を持つに至ったかについて説明してある書物を、私はほとんど見たことがありません。ただ1つだけ、白川静『字統』(平凡社)には、「白」には「潔白」の意味があって、「そのことを主張する意から告白・自白の意となる」と書いてあります。白川先生、さすがです。
 この白川説によれば、「白」が表す「話す」とは、本来は「身の潔白を主張する」という意味だ、ということになります。とすると、「告白」はともかく「自白」というのは、現在では、本来の意味からするとまったく反対の意味で使われていることになって、なかなか興味深いところです。
 ところで、小社『大漢和辞典』には、「白」の意味として、「もうす。のべる。上へ向かって意見を陳述する」と書いてあります。この説明を読んでいると、白川説と微妙に共鳴しているように、私には思えてきました。つまり、「身の潔白を上へ向かって訴える」という、いかにもせっぱ詰まった苦しいイメージを、「白」に対して抱くことはできないでしょうか?
 空想をふくらませるのは、これくらいにしておきましょう。ただ、漢字は一字一字、個別の事情によって、さまざまな意味を持つようになっています。その事情を推測するには、時には空想の力を借りる以外に、方法がないこともあるのです。

Q0390 最近、「子供」よりも「子ども」という書き方の方を多く見かけるような気がするのですが、なにか理由があるのでしょうか?
 「子供」と「子ども」、実際のところは、どちらが優勢なのでしょうか。まずは事実確認、というわけで、早速、Googleで検索してみました。もちろん、Googleだけで何かものが言えるわけではありませんので、ついでにNiftyの新聞・雑誌記事横断検索で、最近1年間の新聞・雑誌を対象に、同様に検索してみました。結果は、次のとおりです(2006年6月9日調査)。
Google Nifty
子供 6980万件 8万9213件
子ども 3770万件 16万3518件
 Googleでは「子供」が優勢なのに対して、Niftyでは「子ども」が優勢。この結果から見る限り、現在のところ、両者は拮抗していると考えるべきでしょう。
 実は、「子供」と「子ども」のどちらを書くべきかについては、いろいろとかまびすしい議論があります。その原因は、「供」という漢字が、「お供(とも)」ということばを連想させて、「子ども」を大人に従属させているようなイメージを与えかねない、というところにあるようです。そこで、主に教育・福祉関係の人々の間では、「子供」よりも「子ども」の方が好まれる傾向があるようです。
 一方、「子ども」と書くと、1つの単語を「漢字+ひらがな」で書き表すことになってしまい不自然だ、と感じる人もいるようです。そういう人々は、むしろ「子供」の方が好ましい書き方だと考えているようです。
 同じ「こども」という日本語のはずなのに、書き表し方によってさまざまな受け取られ方をされることがある――。このあたりが、漢字と日本語の関係の非常にナイーブなところなのだろうと思います。

Q0391 漢検の問題で、「諳厄里亜」をイギリス、「応帝亜」をインドと読ませるものがあったのですが、どうしてこんな読み方になるのですか?
 漢検さんも、マニアックな問題を出すものですねえ。
 私たちがふつう、イギリスと呼んでいる国は、実際のところは、イングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドの4つの地域から成り立つ連合王国です。そのうちのイングランドのラテン語名を、アングリアといいます。
 もうおわかりになりましたね。「諳厄里亜」というのは、このアングリアを漢字で書き表したものなのです。「厄」をどうしてグと読んでいるのかは、よくわかりませんが、上海や香港あたりの方言の発音かもしれません。もっとも、私は北京語さえほとんど知らず、広東語などまったくわからないのですが……。
 もう1つの「応帝亜」は、辞書を引き引き北京語の発音を調べてみると、謎が解けました。「応」はイン、「帝」はディと発音するのです。つまり、インディアに漢字を当てたのが「応帝亜」だ、というわけです。
 このように、外国の地名・国名を表す漢字は、非常に複雑な成立のしかたをしています。私たちが現在なじんでいる地名・国名は、英語での発音に由来しているものが多いのでしょうが、漢字による外国地名の中には、「諳厄里亜」のようにラテン語由来のものさえあるのです。さらに、中国人が作った当て字も混じっています。日本製のものであれば、漢字を見ているうちにだいたい見当がつくものですが、中国製のものは、中国語を知らない日本人にはお手上げです。
 どうやら、漢字検定を受検するためには、ラテン語や中国語の勉強もしておいた方がいい、なんてことになりそうです。私なんかには、ちょっと手の届かない世界のようですね。

Q0392 匚(はこがまえ)と匸(かくしがまえ)の違いが、よくわかりません!
 微妙な問題ですよね。知っている人はよく知っているけど、知らない人は全然知らない、そしてそのままに人生を送っても、そんなに苦労するわけではない、といった感じの問題です。
 一般に、「はこがまえ」の方は、図の左側のように、2つの隅がきちんと直角になっています。それに対して「かくしがまえ」は、図の右側のように、上の隅は横棒がちょっとはみ出る感じ、下の隅は丸みを帯びた感じになっています。これが、形の上から見た両者の違いです。
 では、意味としてはどう違うのでしょうか。その答えは、「はこがまえ」「かくしがまえ」という名前に現れています。文字通り、「はこがまえ」は「はこ」の意味、「かくしがまえ」は「かくす」という意味を持っているのです。とすれば、部首とは意味と字形とによる漢字の分類法ですから、「はこ」に関連する意味を持っている漢字は「はこがまえ」で書き、「かくす」に関連する意味を持っている漢字は「かくしがまえ」で書けばいいはずです。
 ところが、困ったことに、話はそう簡単には済まないのです。
 確かに、たとえば、見慣れないでしょうが「匣」「匪」「匱」といった漢字は、みんな「はこ」という意味を持っていますから、「はこがまえ」で書いておけばいいのです。また、「匿名希望」の「匿」とは「かくす」という意味ですから、こちらは「かくしがまえ」になるはずです。しかし、その他の「区」や「匹」「匠」「医」といった漢字は、一見、「はこ」とも「かくす」とも関係がありそうには見えませんよね。
 それに何よりも、「はこがまえ」と「かくしがまえ」とは、形が似すぎています。とかくせわしないこの世の中、急いで書いているときにこれを区別しろというのは、これまた無茶なお話だといえるでしょう。
 そんなわけで、現在では、「はこがまえ」と「かくしがまえ」はほとんど区別されていません。基本的に、2つの隅をきちんと直角に書く「はこがまえ」の方に統一されているのがふつうです。その違いを云々するのは、まさに重箱の隅をつつくようなもの。学問的にはもちろん意味がありますが、日常的にはあまり追究する必要はないと思われます。

Q0393 「要項」と「要綱」とはどう違うのでしょうか?
 「実施要項」なのか「実施要綱」なのか、「開催要項」なのかはたまた「開催要綱」なのか? 現実問題として考えると、どちらも使用されていて、どっちでもいいようにも思えますが、ここは、漢字の意味という視点から、じっくりと考えてみることにしましょう。
 「要」という漢字は、この2つの熟語に共通していますから、違いがあるとすれば、「項」の「綱」の違いでしょう。「項」の方は、ごくごく普通に目にする漢字で、「項目」「条項」の「項」です。本来の意味は「うなじ」ですが、ここでは、比較的短い文章のまとまり、というイメージでとらえることができるでしょう。
 一方の「綱」もよく見る漢字ですが、「要綱」という熟語に即して意味を考えるとなると、ちょっととまどうかもしれません。私たちがよく知っているのは「横綱」「綱引き」の「綱」、「つな」という意味での用法です。しかし、この漢字は本来、「つな」は「つな」でも「太いつな」「大きなつな」を表しています。そこから転じて、物事の根本となる重要なもの、という意味で使われることがあるのです。
 そこで、「項」は細かい方、末端の方へと進んでいくイメージがあるのに対し、「綱」の方は根本の方へ向かうイメージがあると考えることができます。
 とすると、「要項」は必要とされることがらの細目、「要綱」は根本となる重要なことがら、という意味になると思われます。つまり、「要綱」が根本にあって、それを実現するための細目が「要項」になる、というわけです。抽象性が高いのは「要綱」、具体性が高いのが「要項」とも言えるでしょうか。
 しかし、最初にも申し上げたように、実際には両者は混同されていて、「要項」の意味で「要綱」を用いることも多いようです。具体性がモノを言う現実世界の前には、物事の根本を担う「綱」も、だいぶ格下げされてきているのでしょうか。

Q0394 「従兄弟」「従姉妹」と書いて「いとこ」と読みますが、どうして「従」という漢字が使われているのですか?
 世の「いとこ関係」にも、仲が良かったり悪かったり、付き合いが深かったり浅かったりと、いろいろあるでしょうが、別に従ったり従わせたり、という関係ばかりでないことは当然です。だとすると、「いとこ」を表す漢字に「従」が入っているのは、なんとも不思議な現象だと言えましょう。
 「従」という漢字は、もちろん「したがう」という意味を持っていますが、これが少し変化して、「付き添い」というような意味になることがあります。たとえば、少し古いことばですが「従者(ジュウシャ)」なんていうと、「付き添いの人」という意味になります。
 そこからさらに少し変化すると、あるものに対して「その次のランクの」といった意味を表すことがあります。わかりやすくたとえて言うと、委員長と副委員長がいるとき、副委員長のことを「従」という漢字で表すことがあるのです。
 「従兄弟」「従姉妹」の場合の「従」は、まさにこの用法です。「兄弟」「姉妹」ではないのだけれど、ほとんど「兄弟」「姉妹」に近いくらいの血のつながりがある人のこと、という意味で「従」という漢字が使われているのです。
 そこで、この「従」の意味は、「○○じゃないけどほとんど○○」と表すことができるでしょう。このうちの「じゃないけど」に力点を置くのか、「ほとんど」に力点を置くのかは、時と場合によって異なってくるでしょう。さてさて、みなさんの「いとこ」は、どちらでしょうか?

Q0395 「流石」はどうして「さすが」と読むのですか?
 昔むかし、中国でのこと。常日ごろから、「石を枕にして、川の流れでうがいをするような、そんな自然と一体になった生活がしたい」と思って暮らしている、アウトドアな孫楚(そんそ)という人がいました。あるとき、彼は、そんな自分の気持ちを友人に伝えようとして、うっかり「川の流れを枕にして、石でうがいをするような、そんな生活をしたい」と言ってしまいました。まあ、よくある言い間違いというやつです。
 ところが、友人の方も人が悪くて、「川の流れは枕にならないし、石ではうがいはできないよ」とツッコミを入れます。困った孫楚は、よせばいいのに、「川の流れを枕にするのは、耳を洗うためだし、石でうがいをするのは歯を磨くためだよ」と、苦しい苦しい言い訳をした、ということです。
 「流石」と書いて「さすが」と読むのは、この話が元になっている、という説があります。「孫楚もとっさにうまい言い訳をしたものだ、さすがだなあ」というわけです。しかし、この説が正しいのかどうか、本当のところはわかりません。そもそも、孫楚の言い訳は、「さすが!」と感心するほどのものとは思えませんよね。話半分に聞いておいた方がよいでしょう。
 とは言うものの、「何か別の説があるのかい、キミ」と聞かれると困ってしまうのも、これまた事実。ここは孫さんには反面教師になっていただいて、言い訳などせず、「ごめんなさい。わかりません」と申し上げておくことにいたしましょう。

Q0396 「滑(すべ)る」という漢字には、なぜ「骨」が付いているのですか?
 漢字の字源というものは、いつものことながら、諸説が入り交じっていてなかなかはっきりしたことの答えられないものです。ただ、この「滑」については、「骨」という字に「なめらか」という意味がある、という点で、多くの説が一致しているようです。それに、水を意味する「さんずい」がくっついたのがこの漢字だ、というわけです。
 問題は、「骨」がどうして「なめらか」という意味を持つのか、という点です。いくつかの字書を調べてみると、「骨」とはもともと関節のことを表す漢字で、関節はなめらかに動くから、という説が有力ではあるようです。しかし、関節ではない部分の骨だってたくさんあるわけで、どうもこの説、すなおに納得するわけにはいかないようにも思います。
 また、「骨」の字源については、「月(にくづき)」が含まれていることから、この字の本来の意味は、「骨付き肉」ならぬ「肉付き骨」なのだ、という説もあります。この説は、なかなかリアルでおもしろいのですが、「なめらか」との関係については答えてはくれません。
 理由はどうあれ、「滑」に「骨」が含まれているのは、意味深ではあります。だって、華やかに氷の上を「滑走」しようと、気持ちよく大空を「滑空」しようと、そこにあるのは常に「骨」なのだ、というのは、お正月に髑髏(どくろ)を掲げて歩いたという一休和尚も顔負けの、冷徹な現実ではありませんか。

Q0397 「蛸」には「虫へん」が付いていますが、どうして「魚へん」ではないのですか?
 私たちがふだん「虫」と呼んでいる生き物は、主に昆虫ですから、8本の足をぐにゃぐにゃさせながら、海の中を泳ぎ回っているタコとは、だいぶ違います。しかし、そもそも昆虫なるものをひとまとまりの生き物として捉える考え方は、ヨーロッパの自然科学によってもたらされたものです。古代中国の人々にとっては、そんな分類は知る由もないのです。
 そのことを頭に置いて「虫へん」の漢字を眺めてみると、ずいぶんといろいろなものが混じっていることが分かります。「蚊(カ)」とか「蝶(チョウ)」「蟋蟀(コオロギ)」なんていうのは、現在の分類でも昆虫ですから問題はありませんが、「蛇(ヘビ)」「蝮(マムシ)」になると、ハチュウ類であって昆虫ではありません。とはいえ、ハチュウ類を漢字で書くと爬虫類ですから、彼らも立派な「虫」なのです。その証拠に、「蛙(カエル)」や「蟇(ヒキガエル)」も「虫へん」の仲間です。
 それだけではありません。「蝙蝠(コウモリ)」なんていうのは、ホ乳類でありながら堂々と「虫へん」です。「田螺(タニシ)」や「牡蠣(カキ)」なんていう貝類からのノミネートもあります。「蛯・蝦(エビ)」「蟹(カニ)」は、甲殻類から「虫へん」入り。こうなってくると、もう、「蛸」が「虫へん」であっても、何の不思議もないでしょう。漢字を生み出した人々は、これらすべてをひっくるめて「虫」だと考えていたのでしょう。
 私たちのものの見方には、知らず知らずのうちに、ある一定の枠がはまっていることが多いものです。「蝶(チョウ)」は虫だけれど「蛸(タコ)」は虫じゃない、なんていうのもその1つ。ヨーロッパの自然科学の考え方に従っているにすぎません。それはそれで、重要なものの見方ではありますが、唯一絶対のものではないはずです。
 漢字は、自然科学が発達するずっと以前に、人々がどのようにものを見ていたのかを、今に伝えてくれる道具でもあるのです。

Q0398 「圏」という漢字には、どうして「巻」という漢字が含まれているのですか?
 まず、「圏」という漢字がどのような意味なのか、考えてみましょう。「首都圏」や「北極圏」という熟語を考えるとすぐにわかるように、この漢字は「範囲」という意味を持っています。「首都圏」といえば首都の範囲であり、「北極圏」といえば北極の範囲だ、という具合です。
 ただ、この漢字が意味する「範囲」とは、ただの範囲ではありません。「首都圏」とは通常、首都を中心にぐるりとした部分を表しますし、「北極圏」は北極点を中心にぐるりとした部分を指しています。この「~を中心にぐるり」というのが重要で、「圏」には、実は「まるい」という意味もあるのです。
 「圏」は、「囗(くにがまえ)」と「巻」から成り立つ漢字です。「くにがまえ」の方は、「国」や「囲」「園」などに代表されるように、ある一定の囲まれた部分を表す部首です。それに対して「巻」の方は、訓読みは「まく」で、ものを巻くとまるくなるところから、「まるい」という意味を表しています。つまり「圏」は、本来、ある場所を中心にまるく囲まれた部分という意味を表す漢字だったのです。
 「圏」のこの意味は、意識することはほとんどないかもしれませんが、現在でも生きています。たとえば「当選圏内にある」といえば、当選というある場所がイメージされていて、その中に頑として存在しているわけじゃないけれど、周りをぐるりととりまくどこかには存在している、ということになります。「合格圏内にいる」といえば、合格確実ではないけれど、そこを中心とした近辺にまで迫っている、というイメージになるわけです。
 つまりは、「当選圏内」「合格圏内」と言われても、安心してはいけない、ということですね。「圏内」はあくまで「圏内」。「当選」「合格」するまでは、気を抜いてはいけないのです。

Q0399 「小雨決行」は、「ショウウケッコウ」と読むのですか、それとも「こさめケッコウ」と読むのですか?
 うーん、むずかしい問題ですねえ。「小雨」は「ショウウ」「こさめ」のどちらに読んでもかまわない熟語です。ただ、そのあとに「決行」が続く場合にはどう読むのか? それが問題です。
 いくつかの国語辞典にあたってみたところ、「小雨決行」という見出しはありませんが、「小雨(ショウウ)」のところに「―決行」という用例を載せているものが多く見られました。「決行」を「ケッコウ」と音読みする以上、「ショウウケッコウ」と読んでおく方がよい、という判断のようです。
 ただし、現実には「こさめケッコウ」と読まれている例が多いのではないでしょうか。たとえば日本語変換ソフトのATOK13では、「こさめけっこう」は「小雨決行」と一発で変換されますが、「しょううけっこう」だと変換されません。ATOK開発者は、「こさめケッコウ」派のようです。
 「小雨決行」を「ショウウケッコウ」と読んだ場合に困ることは、「ショウウ」だと漢字がイメージしにくいということです。実際、世間でよく見かける、「少ない」という字を使った「少雨決行」という書き方は、そのことをよく表しています。
 「少雨」というのは、雨が少ないことで、「こさめ」とはちょっと違います。今年の夏は雨が少なかった、なんていうときに使うのが「少雨」の本来の使い方でしょう。それをなんとか強引に、一日の雨量のことに置き換えて理解するとしても、「少雨決行」と書いてしまうと、「雨が少なくても決行する」ということになってしまうように思われます。
 つまり、雨が降っているときにしかできないたいへんな仕事を抱えた人たちとか、あるいは雨降りの中でしか楽しめないなにかを愛好するアヤシイ人たちがいて、「明日は雨が降るはずだけれど、もし本降りじゃなくて小降りだったとしても決行するぞ!」と言っているような感じがするのです。
 まあ、世の中にはいろいろな人がいるものですが、そんな人たちに間違えられないためにも、「小雨決行」を「こさめケッコウ」と読んでもかまわないのではないかと思います。

Q0400 「風」という漢字の成り立ちを知りたいのですが……。
 大昔、中国の人々は、大きな鳥の姿をした神様が風を起こすと信じていたと言われています。そこで、甲骨文字の時代には、その神様の姿をかたどった図のような漢字が、「かぜ」を意味する漢字として使われていました。なにがなんやら、アヤシイ形をしていますが、よく見てみるとなんだか風を巻き起こす鳥の姿を描いているようではあります。
 このアヤシイ漢字は、やがて変形を繰り返して「鳳」という形になります。音読みではホウ、訓読みだと「おおとり」と読む漢字です。現代日本語でも、伝説上の大きな鳥を意味する「鳳凰(ほうおう)」という熟語として使われますから、ご覧になったことのある方も多いでしょう。
 さて、だとするとこの「鳳」が「かぜ」を意味する漢字となるはずなのですが、実際はそうはなりませんでした。年月の流れの中で、「鳳」から「風」が分離、独立したのです。つまり「鳥」が「虫」に置き換わったわけですが、なぜそんなことになったのかという点になると、なかなか定説はないようです。
 そんな中でも有力な説として、この「虫」は竜のことを表している、という説があります。竜とは伝説上の動物で、大きな蛇の一種ですから、「蛇」が「虫へん」であることを考えると、「風」の中の「虫」が竜であっても、おかしくはありません。
 この説が正しいとすると、中国古代の人々にとっての風の神様は、ある時期を境に、鳥から竜へと変化したのでしょう。なんだか浮気者のような気もしますが、嵐を呼んで天へと昇る竜もまた、風の神様としてはふさわしいものです。たまには、風の中に竜の姿を探してみるのもいいかもしれません。


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