漢字Q&A(その5)


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Q0201 「種種(しゅしゅ)」「色色(いろいろ)」「嬉嬉(きき)」「縷縷(るる)」など、同じ漢字を重ねてその状態や動作をいっそう明らかにした熟語を、ひとまとめにして呼ぶ呼び方はありますか?
 こういう熟語のことを呼ぶ呼び方としては、あまり一般的ではないのですが、「重言(じゅうげん)」という言い方があります。
 しかし、「重言」には、「馬から落ちて落馬する」式の、同じ意味のことばを重ねた表現という意味もあります。また、漢文の世界では、重大な意味をもつことばを指すことがあるなど、複数の意味があります。それを避けてか、「畳語(じょうご)」と言ったりすることもありますが、こちらもあまり一般的な用語ではありません。
 ところで、漢字の世界では、「重言」と似たようなものとして、「双声(そうせい)」とか「畳韻(じょういん)」とかいうものがあります。「双声」とは、たとえば「颯爽(さっそう)」とか「磊落(らいらく)」のように、最初の子音を共有する2つの漢字を並べて作られた熟語のことをいいます。「颯爽」の場合はSが、「磊落」の場合はLが共通しているわけです。
 「畳韻」というのはその逆で、最初の子音ではなく、その後に続く部分を共有する2つの漢字を並べて作られた熟語です。例を挙げると「爛漫(らんまん)」はANの部分を共有していますし、「逍遥(しょうよう)」は、日本人の発音で説明するのはやや苦しいですが、IOUの部分を共有していると言えます。「重言」は、これらの発展した表現であると考えることもできるでしょう。
 中国語というのは、この双声・畳韻をこよなく愛する言語です。それは、響きやリズムがよいからでしょう。漢詩などには、好んでこういったことばが使われるのはいうまでもありませんが、クモを表す「蜘蛛(ちちゅう)」は双声、トンボを表す「蜻蛉(せいれい)」は畳韻であることを考えますと、中国語がいかに響きやリズムを大事にしてきたかが実感されるのではないでしょうか。

Q0202 私は子どものころ、「鳴く」を小学3年で、「泣く」は中学1年で教わったように記憶していますが、なぜこんな簡単な使い分けを中学生になるまで学習しないのでしょうか?
 すごい記憶力ですね。そのご記憶には、間違いがないと思います。
 このご質問には、Q0145でご説明した「学年別漢字配当表」が関係しています。この表が最初に定められた1958(昭和33)年には、「鳴く」は小学校3年生で学習することになっていましたが、一方の「泣く」は、小学校では学習しないことになっていました。ご記憶どおり、というわけです。
 しかし、この表に関しては、ご指摘のような、系統的な漢字学習に対する配慮が欠けているという批判が強く、1968(昭和43)年の「学習指導要領」の改定の際、「学年別漢字配当表」にも変更が加えられました。そのポイントは、2年生以降の各学年に配当されていた漢字のうちの何割かが、その前の学年で学習してもよいことになったのです。そして、これに従って前倒しに学習していくと、当然、6年生で学習する漢字が少なくなってしまいますので、「備考漢字」として新たに115字を、6年生で学習してもよい漢字に加えたのです。この改定に従った学習がされるようになったのは、1971(昭和46)年からのことになります。
 さて、このとき、「鳴く」は2年生で学習してもよい漢字となり、「泣く」は6年生で学習してもよい漢字となりました。その後、1977(昭和52)年には、「学年別漢字配当表」はさらに改定されて、「その前の学年で学習してもよい」とされていた漢字は、正式に、「その前の学年で学習すべき」漢字に改められました。さらに1988(平成元)年にはまたまた改定が行われ、各学年の配当漢字に出し入れがなされて、現在に至っています。
 その結果として、現在では、「鳴く」は2年生で、「泣く」は4年生で学習する漢字となっています。「学年別漢字配当表」も少しずつではありますが改善されているわけで、この「鳴く」と「泣く」の事例からは、そのことがよくうかがえると思います。

Q0203 「悲」という漢字には「心」が付いているのに、「喜」には付いていないのは、なぜですか?
 「喜」という漢字は、成り立ちの上からは、一番下の「口」の部分と、それより上の部分とに分けることができます。上の部分は、「太鼓」の「鼓」の左側と同じで、打楽器の象形文字だという説が多いようです。確かに、オーケストラのティンパニだとか、あるいは和太鼓のような打楽器に、見えないこともありません。
 「口」の方は、ことばを意味する符号と考えてよいでしょう。そうすると、「喜」という漢字は、打楽器を叩きながら歌っているようすを表していることになります。ただし、歌っているといっても、カラオケでもなければラップでもありません。中国の古代においては、それは神に捧げる祈りの歌であったと思われます。
 つまり、「喜」という漢字のもともとの意味は、神様に対して祈りの歌を捧げる、というようなものだったようなのです。それによって神を喜ばせる、あるいは歌い手の気分が高揚することから、「よろこぶ」という意味が生じてきたのでしょう。
 このような事情で、「喜」には「心」は付いていません。「心」の付いた「よろこび」を探すなら、「悦」という漢字があります。この漢字は、『常用漢字表』では「よろこぶ」という訓読みはありませんが、もともとはまさに「よろこぶ」という意味です。その左半分にある「りっしんべん(立心偏)」は、「心」が変形したもの。そこで、字面からいえば、「悲」と対になるのは、「喜」ではなく「悦」である、ということになるのかもしれません。

Q0204 「瓦」の筆順を知りたいのですが、常用漢字でないためか、いろいろ探しても見つかりません。
 こんな感じになると思いますが……。
 たしかに、常用漢字以外の漢字の筆順を説明したものは、あまりありません。学校教育で行われている筆順は、文部省著作の『筆順指導の手びき』(1958年)に拠っています。しかし、この本で具体的に説明されているのは、当時の教育漢字881字分だけですので、あとは類推するしかないわけです。
 書道関係の字典などには、常用漢字以外の筆順も解説したものがあります。上記の筆順は、『筆順指導の手びき』に示された原則と、書道関係の字典などを参考にして作ってみました。異説もあるようですので、その点はご了承ください。
 それにしても、常用漢字以外の漢字も含めて筆順を解説した辞典を作ると、売れそうな気もしますねえ。ちょっと、考えてみましょうか……。

Q0205 「なみだ」と読む漢字には「涙」「泪」「涕」などがありますが、これらに意味の違いはあるのですか?
 「涙」と「泪」とは、多くの漢和辞典では異体字の関係にあるとされています。つまり、両者は同じことばを書き表すための文字で、発音も意味も同じなのです。ただし、文字の成り立ちとしては全く違います。
 「涙」は、「さんずい」と「戻」から成り立つ形声文字です。現代日本語では少し発音が違ってしまっていますが、もともとは、「戻(レイ)」は、「涙(ルイ)」の発音を示すために用いられた記号でした。これに対して、「泪」の方は、「目」から流れる「水」を意味する会意文字です。
 このせいでしょうか。「涙」と「泪」だと、具体的な「なみだ」のイメージを喚起する力は、「泪」の方が強いような気がします。安土桃山時代の茶人・千利休(せんのりきゅう)が、豊臣秀吉から切腹を命じられたとき、最期に臨んで弟子の古田織部(ふるたおりべ)に渡した茶杓(ちゃしゃく。茶さじの一種)が今に伝わっていますが、この茶杓の名前が「泪」です。これを「涙」と書くと、ちょっとイメージが違ってしまいそうな気がします。
 さて、残るは「涕」ですが、これは音読みがテイで、「涙」とは違うことからわかるように、「涙」「泪」とは別のことばを表す漢字です。意味としてはやはり「なみだ」なのですが、私たちの日常の言語生活では、あまり用いられることがありません。
 私がこの字を見て思い出すのは、中国の唐の詩人・杜甫(とほ)の晩年の名作、「岳陽楼に登る」の一句、「軒に憑(よ)りて涕泗(ていし)流る」です。ここで詩人は、わが身の衰えと世の中の乱れを思って涙しているのですが、「涕」は目から出る涙、「泗」は鼻を通って出てくる涙、つまり泣きながら流す鼻水のことだそうです。
 「泣きながら流す鼻水」を表す漢字があるという事実は、漢字の世界は奥深いと、あらためて感じさせてくれないでしょうか。

Q0206 「広」の旧字体の「廣」には、「广」の中がふつうの「黄」になっているものもあるみたいですが、どちらが正しいのですか?
 ふつう、「広」の旧字体をパソコンで表示しようとすると、「廣」という字体になるはずです。この字は、一瞬、「广」に「黄」を書いたように見えますが、拡大してよく見ると図のようになっていて、私たちがよく知っている「黄」よりも、横棒が一本多いことがわかります。この字はいったい何なのでしょうか。
 これは、「黄」の旧字体と呼ばれている漢字です。つまり、当用漢字が制定されるまで、「黄」という漢字はこの図のように書く方が正式であったのです。そこから推測されるとおり、「廣」という漢字も、これは「広」の旧字体ですから、かつてはこちらを書く字形の方が正式であったのです。そしてそれは現在でも踏襲されていて、パソコンではこちらの字形しか表示できないのが普通です。
 とはいえ、それはあくまで辞書的に見て「正式」だという程度のお話です。昔の人が書いたものを見ても、「广」の中がふつうの「黄」になっている字はたくさん見られます。漢和辞典や印刷書体などでは「廣」の方が正式であったとしても、一般の日常生活で手書きするときは、一本横棒が少ないものを書くことも多かったようなのです。
 私どもの会社のほど近く、東京は神田神保町の交差点のところに、「廣文館書店」という本屋さんがあります。そこの軒先に出ている「廣」の字は、以前は左側の写真のように横棒が一本少ない方で、字体マニアを喜ばせていたのですが、最近掛け替えられて、右側のようになってしまいました。どちらが「本当」なのかわからないと言ってしまえばそれまでですが、どちらも「本当」なのだ、と言うこともできるでしょう。つまり、どちらも同じ「ひろい」という意味の漢字なのですから、どちらでもいいのです。
 ただし、人名などの場合、細かい点にこだわりたくなるときもあります。その場合、どちらが正式かと言われれば、やはり漢和辞典的には、パソコンで表示できる「廣」の方ですから、判断がつかない場合はこちらにしておくのがよいと思います。

Q0207 「雨」の3画目の最後ははねますが、「あめかんむり」になったときにははねないのはどうしてですか?
 何度か述べてきたことですが、当資料館の字体に対する考え方は、かなりアバウトです。したがって、「雨」の3画目の最後ははねなくては間違い、というわけでもありませんし、「あめかんむり」になったときにはねたとしても、間違いだとは思いません。
 しかし、「あめかんむり」の3画目は、はねないことが多いのも事実です。そして、それにはそれなりの理由があるのだと思います。その理由とは、書きやすさだと思います。
 「雨」という漢字を単独で書く場合、3画目が終わったあとに書くことになる、縦棒は、3画目が終わった場所から見て、かなり左上になります。そこで、3画目の終わりは、はねておいた方が、4画目が書きやすいのです。
 これに対して、「あめかんむり」の場合は、全体が平べったくなっているぶんだけ、3画目の終わりと4画目の位置関係は、水平に近くなっています。この場合は、3画目の終わりをあんまりはねてしまうと、4画目はかえって書きにくいのです。しかも、「あめかんむり」は、狭いスペースに4つの点を打たなくてはなりませんから、3画目の終わりをはねてしまうと、最後の点と重なってしまいかねません。
 このような理由で、「あめかんむり」の3画目の最後ははねないことが多いのではないでしょうか。漢字の字体について考えるとき、書きやすさを含めて考えてみることも必要だと思います。

Q0208 漢字はどうして「漢字」というのですか? 漢王朝の時代に生まれたものなのですか?
 Q0001でもご説明した通り、現在のところ、漢字の起源は紀元前1300年ごろまでさかのぼることができるとされています。漢王朝は、紀元前2世紀から紀元後2世紀までの約400年間、中国を支配した王朝ですから、漢字の歴史は漢王朝よりもずっとずっと古いのです。
 そこで、「漢字」の「漢」とは王朝の名前ではなく、民族の名前だと考えた方がよさそうです。現在の中華人民共和国の人口の大半を占めるのは、漢民族と呼ばれる民族です。私たちが普通に「中国人」としてイメージしているのは、この漢民族の人々です。ですから、彼らが日常使っている言語、つまりは私たち日本人が「中国語」と呼んでいる言語のことを、中国語では「漢語」と言います。それと同様に、漢民族が使っている文字という意味で、「漢字」という呼び方があるのだと思われます。
 東アジア地域の中で、固有の文字を発達させた民族は、長い間、漢民族だけでしたから、彼ら自身は、自分たちの使っている文字のことを単に「字」とでも呼べばよく、特別に「漢字」と呼ぶ必要はなかったはずです。しかし、10世紀ごろになると、漢民族の周辺にいた民族たちも、漢字にならって自分たち自身の文字を開発し始めます。おそらくこのころ、「漢字」ということばが誕生したのではないでしょうか。『大漢和辞典』では、「漢字」ということばが使われるようになったのは、モンゴル文字と対比してのことだと、説明しています。
 日本では、ひらがなやカタカナが生まれて初めて、中国から渡来した文字を特別に指すことばが必要になってきます。当初、「仮名」に対して漢字のことを「真名(まな)」と呼んでいたことは、国語の時間に勉強した方も多いことでしょう。小学館の『日本国語大辞典』によれば、「漢字」ということばが使われ出すのは、13世紀ごろのようです。

Q0209 「脊椎(せきつい)」は背骨のことですが、体の一部なのに「椎」が「木」へんなのはどうしてですか?
 『大漢和辞典』で「椎」の字を調べますと、まず出てくる意味は、ものを打つ道具としての「つち」です。他の漢和辞典を調べても、この字の基本的な意味はだいたい同じで、この漢字は元来、おそらく木製の「つち」を表す文字だったと思われます。ただし、私たちが「きづち」や「かなづち」と聞いて思い浮かべるT字型をしたものとはちょっと違って、その頭の部分に横向きに付いている、円筒形をしたものだけを指していたようです。
 しかし、この漢字が木製のものだけを表していた時代は意外に短く、紀元前1世紀ごろに書かれた『史記』という歴史書には、「鉄椎」ということばが出てきます。「鉄でできた木製のつち」というのもヘンな話ですから、このころにはすでに「椎」は、細長い円筒形をしていてものを打つのに用いられる道具を表す、一般的な漢字となっていたのでしょう。それは現在の私たちが、スチール製であっても「棚」と表現したり、プラスチック製であっても「筒」と書いたりするのと同じことだと思われます。
 さて、『大漢和辞典』に戻りますと、「椎」を背骨の意味で用いる例は、中国医学の古典の1つ『黄帝素問(こうていそもん)』にすでに例があるようです。この書の作られた年代ははっきりしませんが、おそらく紀元前1~2世紀ごろです。「椎」に似ているということで用いられたのでしょう。このころには「椎」は木製、という意識がなくなっていたとすると、体の一部を表す漢字として用いられたとしても、それほどおかなしな話ではないように思います。
 「木」へんだからといって木製とは限らないし、体の一部だからといって「にくづき」とは限らない。そんな不完全さは、漢字が不完全なる人間によって使われてきたことの証ではないでしょうか。

Q0210 「閉」という漢字で、「門」の中の部分は、「才(サイ)」と書くのですか、それともカタカナの「オ」と書くのですか?
 字源から言うと、「閉」が「門」と「才(サイ)」とから成ることについては、大多数の意見が一致しているようです。ただし、なぜこの両者を合わせて「しめる」という意味になるかについては、例によって諸説があって、なかなかまとまらないようです。
 そこで、「閉」の「門」の中の部分は、「才(サイ)」と書くのが正しいんですよ、と言ってしまいたいところですが、なかなかそうもいきません。なぜなら、現在使われている活字では、この部分は「才(サイ)」よりもカタカナの「オ」の方に近い形にデザインされていることが、圧倒的に多いからです。つまり、成り立ちからいくと「才(サイ)」、現実からいくとカタカナの「オ」ということになるのです。
 そこで、どっちに従えばいいのか迷うことになるわけですが、結局のところ、これまた例によって「どっちでもいい」ということになります。カタカナの「オ」はあくまでカタカナであって、漢字ではありません。したがって、「門」の中にカタカナの「オ」を書く「漢字」が存在するはずはありません。だとすると、それを書いたからといって、「閉」とは違う別の字と勘違いされるということはありえません。そういう時は、あまり細かい差異にこだわらないようにした方が、楽ではありませんか。
 違う字と勘違いされない範囲で、字の書き方にはゆとりを持たせた方がよい、というのが、漢和辞典を編集している側からの考えです。

Q0211 漢字は中国でだけ生まれたのですか? 他の国では生まれなかったのですか?
 漢字が中国で生まれたのは、間違いのない事実です。しかし、中国でだけ生まれたのかというと、そうでもありません。
 たとえば「働」という漢字は、もともとは日本で生まれた漢字です。日本人が、「はたらく」ということばの意味から、「にんべん(人)」と「動」を組み合わせて、新しい漢字を作ったのです。このように、中国人にならって日本人が独自に作り出した漢字を、国字と呼んでいます。
 では、中国人にならって漢字を作ったのは、日本人だけだったのでしょうか。そんなことはないでしょう。漢字は、日本以外でも、朝鮮半島や、東南アジアでも使われましたから、その地域の人々が、日本人と同様に、自分たちのオリジナルの漢字を作り出したはずです。
 阿辻哲次先生は、『漢字三昧』(光文社新書)の中で、8万字を収めるという中国の漢字辞書『中華字海』の中から、シンガポール製漢字を探し出して、いくつか紹介していらっしゃいます。図はそのうちの1つで、「無」の異体字だそうです。
 シンガポールといえば、中国移民の国として知られています。中国人は世界中に移民していますから、探していけばそのうち、ロサンジェルス製漢字や、パリ製漢字なども見つかるかも知れませんね。

Q0212 「魚」へんに「屁」と書いて「ぶり」と読む、という話を聞いたことがあります。それは「嘘字」というそうですが、他にどんなものがあるのですか?
 以前、小社で出していたムックに「漢字百話」というシリーズがありました。このムックには、各巻に「嘘文字番付」なるコーナーがあって、そこには現実には存在しないさまざまな文字が載っていました。残念なことに、このシリーズは現在では絶版ですので、今回は特別に、その中から、「魚」へんの漢字をいくつか、拾ってみましょう。
 左から順に、「魚」へんに「板」と書いて「かまぼこ」。次は「右」「目」を上下に書いて「かれい」。「青」「葉」を上下に書いて「かつお」というのは、「目に青葉山ほととぎす初鰹」という山口素堂の句を下敷きにしたもの。「目」「黒」を上下に書いて「さんま」というのも同工異曲で、落語を下敷きにしたものです。
 ちなみにこの番付の中には、「魚」へんに「屁」と書いて「ぶり」というのもきちんと載っていて、なんと横綱にランクされています。
 どうです、楽しんでいただけましたでしょうか?

Q0213 妻の父のことを「岳父」といいますが、妻の母のことは「岳母」とはいわないのですか?
 一般家庭にあるような国語辞典だと「岳母」ということばは載っていませんが、大きな国語辞典になると、このことばを載せているものがあります。読み方はガクボ、意味は予想通り、妻の母のことです。
 そもそも、妻の父のことをどうして「岳父」と呼ぶのでしょうか。『大漢和辞典』を調べてみると、さまざまな説が載っています。
 たとえば、「岳」とは中国第1の名山である泰山(たいざん)のことで、そこに丈人(じょうじん。妻の父のこと)という名前を持つ峰があるから、それにちなんでそう呼ぶのだ、という説があります。また、岳山という名前の山と、岳婿山(がくしょざん)という名前の山があって、漢字からいくと後者は前者のお婿さんという意味になるから、そちらから見て、妻の父を「岳」と呼ぶようになったのだ、という説もあります。
 なんだかわかったようなわからないような説ばかりですが、「岳」という字はたけだけしい山をイメージする字ですから、「父」には合っても、「母」のイメージにはあまり似合いません。「岳母」ということばがあまり一般的でないのは、そのあたりに理由があるのかもしれません。

Q0214 「強力」という熟語は、キョウリョクと読んだり、キョウリキと読んだり、ゴウリキと読んだりしますが、どう使い分ければいいのですか?
 これは、漢字の音読みのうち、漢音呉音にまつわる問題です。長くなるといけないので、漢音・呉音については説明を割愛します。用語集を参照してください。
漢音 呉音
キョウ ゴウ
リョク リキ
 「強」「力」それぞれの漢音と呉音は、以下のようになっています。ふつう、2字の熟語は漢音同士、あるいは呉音同士で読むのが一般的です。そこで、「強力」の場合、ごくごく普通に考えますと、キョウリョクかゴウリキと読むことになり、キョウリキはあまり考えられません。
 この熟語、現在では「力が強い」という文字通りの意味の場合、キョウリョクと読むのが一般的です。ただし、ゴウリキと読む場合もあって、その場合は山などで活躍する荷物運びの人のことを表します。
 しかし、時間をさかのぼって古典の世界になると、「力が強い」場合もゴウリキと読むことがあります。呉音読みは仏教の世界に多いので、特に仏教関係の文献の場合は、ゴウリキと読む可能性の方が高いと思われます。ただし、小学館『日本国語大辞典』では、「ごうりき」のところに「強力・剛力・豪力」の3つの書き方を挙げていますから、読み方をはっきりさせるために後の2つの書き方をすることも多かったのでしょう。
 さて、話を戻してキョウリキですが、先ほどあまり考えられないと申し上げたものの、実は、この読み方をするケースが私たちの身近にあります。そう、お料理で使う強力粉です。このことばはどうしてキョウリキコと読むのでしょうか。キョウリョクコだと、なんだか力が強すぎそうで、敬遠されたのでしょうか。
 その理由はよくわかりませんが、ことばは法則通りにいかないということが、こんなところでも実感されるわけです。

Q0215 「食物」ということばは、いつごろからショクモツと発音されているのでしょうか?
 私たちの生活に密着したことばは、よく考えてみると意外に難しい問題を含んでいることが多いものです。「食物」もふだん、なんのためらいもなしにショクモツと読んでいますが、よく考えてみると不思議なところのあることばです。
漢音 呉音 慣用音
ショク ジキ
ブツ モチ モツ
 このご質問も、漢音呉音、そして慣用音に関する問題です。漢和辞典を調べると、「食」「物」の音読みの種別は、右のようになっています(ただし、モツを慣用音とするか呉音とするかは異説があるようです)。ですから、「食物」を普通に漢音読みすれば、ショクブツが正しいことになります。呉音読みすればジキモチ、あるいはジキモツが正しいことになります。
 このことばの読み方については、いつもお世話になっている小学館『日本国語大辞典』(第二版)の「しょくもつ【食物】」の項に、考察が載っています。それによると、このことばは古くから文献に見られるものの、その読み方ははっきりせず、室町時代末期の『日葡辞書』(にっぽじしょ)に出ているジキモツの形が一番古いのではないか、と推測されているようです。しかし、同じ『日葡辞書』にショクモツという読みも見られることから、このころにはすでに両者が併存していたことがわかります。それが江戸時代に入ると、ショクモツの方が圧倒的に多くなっていくとのことです。
 なぜこのような変化が起きたのかはわかりませんが、一般には、呉音から漢音へという変化の傾向がありますから、「食物」も、ジキモツからショクブツへと変化すべきだったのでしょう。ショクブツと聞いてすぐに思い出すのは、「植物」です。両者が同じ発音だと、ショクブツ持ち込み禁止、と耳にしても、「植物」なのか「食物」なのかわからなくて困ってしまいます。「植物」ということばも近世から用例が増えてくるようですから、もしかすると、そんなこともあって、「食物」はショクモツとなってしまったのかもしれませんね。

Q0216 「ようす」ということばは、どうして「様子」と書くのですか?
 このご質問は、単純なようでなかなか深いですね。「様」と「子」で、どうして「ようす」ということばの表すような意味になるのか、という疑問もおありでしょうし、ヨウシと読みそうなものなのにどうしてヨウスなのか、という疑問もおありでしょう。もっとも、「様子」と書いて「ようこ」と読み違えている方も、たまにはいらっしゃるのでしょうけれど。
 さて、意味に関する前者の疑問、読みに関する後者の疑問、どちらを取り上げても、問題は「子」という漢字にありそうです。この「子」は、中国語では接尾語として使われることがあるのです。接尾語ですから、実質的な意味はあまりありません。前のことばにくっついて、響きを調える程度のことです。「様子」の場合は、意味としては「様」だけで十分で、「子」に実質的な意味はないのです。
 実は、この働きをする「子」は、現代日本語の中にも意外とあります。たとえば「帽子」。帽子をかぶるのは、別に子どもに限ったことではありません。にもかかわらず、なぜ「子」が付くのか。実は、「帽」だけですでに「かぶりもの」の意味を表していて、「子」は接尾語なのです。
 もう1つ例を挙げると、「椅子」があります。子どもから大人まで、みんなが椅子に座ります。なのに「子」が付いているのは、これも接尾語なのです。ところで、注意深い読者のみなさまはすでにお気づきでしょうが、この熟語では「子」をスと読んでいて、ここから、最初に挙げた読みに関する疑問の方へと移っていくことになります。
 「子」をスと読むのは、唐音と呼ばれている発音です。これは、比較的新しい時代になって日本に入ってきた漢語に見られる発音です。ほかに例を挙げると、「扇子(センス)」「杏子(アンズ)」などがあります。これらのことばもみな、1文字目で意味は完結していて、「子」は接尾語に過ぎないことが、おわかりいただけると思います。
 というわけで、「様子」ということばは、意味の上からも読み方の上からも、近代中国語から輸入された痕跡が色濃く残っていることばだ、ということができるでしょう。これがさらに現代中国語から入ってきたことばになると、同じような例が「餃子」のザ、「包子」のズなどに見られることになります。
 どうです? 「子」1つを取り上げても、いろいろありますでしょう?

Q0217 漢和辞典には「かがやく」と読む字が、「輝く」「燁く」「曄く」「耀く」「燿く」などたくさん出ていますが、他にもあるのでしょうか?
 ありますねえ。私も『大漢和辞典』の字音索引を調べてみて、びっくりしました。その驚きを共有していただくために、該当部分を次にお目にかけましょう。
 どうです、いっぱりありますでしょう? 34文字もあります。これらの中で、現在の私たちでも納得のいくのは、たとえば上の段の真ん中あたり、「煌」。これは、現在では「きらめく」と読むことの多い字ですから、「かがやく」という意味があってもおかしくありません。
 下の段だと、「爛」はふつうは「ただれる」でしょうか。でも「爛熟(らんじゅく)」ということばもありますから、「かがやき」がすこし盛りを過ぎた感じなのでしょう。最後の「鑠」は、「矍鑠(かくしゃく)」ということばで使われる漢字です。「矍鑠」とは、年を取っても元気なこと。「鑠」は、もともとは金属を溶かすという意味ですが、なんだか人生を知り尽くした人のかがやきのようにも思えてきます。
 なになに、画像が小さすぎて字が見えないって? しっかり見て見たい方は、図書館に出かけて『大漢和辞典』の索引巻を開いてみてください。これを機会に、少しでも『大漢和辞典』に親しんでいただければ、うれしい限りです。

Q0218 私の名前には「博」という字が入っているのですが、「専」と混用されて、いつも右上の点を忘れられてしまいます。そもそもこの2つの字には、どうして点のあるなしの違いがあるのですか?
 ご質問をくださった方には失礼になってしまうのですが、この2文字、私もよく間違えたものです。小学校のころ、書き取りのテストでしょっちゅうバツをいただいた覚えがあります。
 でも、何の因果か漢和辞典の仕事をするようになってから、そんな間違いはしなくなりました。それには、それなりの理由があります。
 この2文字の旧字体を並べると、図のようになります。右上の部分をよく見てみると、まったく違う形をしていることが分かります。「博」の右上の部分は、もともと、「甫」という形をしていたのです。
 「甫」は、現在では人名で使われることのある漢字で、音読みではホ、人名で「はじめ」と読むことがあります。これを含む漢字としてすぐに思いつくのは、「浦」「補」「捕」などですが、全て音読みはホです。つまり、これらの漢字では、「甫」はホという音読みを表す記号として機能しているのです。
 「博」も、これらの漢字と同系列の漢字です。音読みはハクですが、古代中国へとさかのぼっていくと、「甫」「補」などと似た発音であったとされています。「博」のハクと「甫」のホとが、ともにハ行であることは、その名残なのです。
 このことを知った上で、「甫」「補」などのグループの一員として「博」を覚えてしまえば、点を付け忘れることはありません。「専」は、音読みがセンで、ハ行グループの中には入りようがありませんから、こちらに点が付かないことも、いっしょにして覚えることができます。
 このように、字源を知ることによって、漢字の形をしっかりと覚えることができることがあります。単なる知識ではなくて、役に立つ知識として、字源を活用していきたいものです。

Q0219 文化財の説明などを見ていると「著色」ということばを見かけることがあります。「着色」とはどう違うのでしょうか?
 「著」と「着」とは、実はもともとは同じ文字だったんです、と申し上げると、驚かれる方もいらっしゃるかもしれません。しかしこれは、まぎれもない事実なのです。
 「着」という字は、もともとは「著」の草書体から生まれたものだとされています。図の左側は、「著」の草書体の一例です。たしかに「着」と似ています。しかし、草書体を持ち出さなくても、たとえば図の右側のように、ちょっと崩された「著」の字を見ていると、これが「着」へと変化していくことは、十分に納得ができそうです。
 形の上からは納得がいったとしても、読み方も意味も違うじゃないか、とおっしゃる方がいるかもしれません。しかし、もともと「著」には、私たちがよく知っている、チョと読んで「あらわす」という意味を表す場合の他に、チャクと読んで、いろいろなものを身につける、つまり「きる」という意味を表す場合もあったのです。それが、字形上、「着」が独立するにつれて、「チャク=きる」という意味はそちらが担うことになり、「チョ=あらわす」という意味だけが「著」に残ったというわけです。
 このように、もともと同じ漢字を表す異体字の関係にあった2つの字体が、意味的にも別々のものを表すようになった例は、ほかにもあります。「脇」と「脅」はその代表的なもので、言われてみれば形の上からすぐに気がつくように、もともと同じ字で、「わき」と「おどかす」の2つの意味を持っていました。それが現在では、字体の分離とともに意味も分離して使われているのです。
 「脇」と「脅」を混用する人は、現在ではほとんどいないでしょうが、「著」と「着」とは、おそらく分離した時代が比較的新しいのでしょう、現在でも混用されている例を見かけることが、ときどきあります。ご質問の「着色」を「著色」と書くのは、その例だと思います。
 こういう現象を見つけると、「漢字も生き物だ!」って感じませんか?

Q0220 幼稚園で「黄組」のことを「きいぐみ」と読んでいるのですが、「きぐみ」が正しいのではないでしょうか?
 「黄」と書いて「きい」と読めるのかどうか?
 漢和辞典を調べてみても、そのような読みは載っていません。ふつうの国語辞典でも同様です。でも、さすがに小学館『日本国語大辞典』(第二版)を調べてみると、「き」の変化した形、として載っていました。辞書に出ていれば正しいのだとすれば、「黄組」を「きいぐみ」と読むのは、ギリギリセーフだということになりましょう。
 しかし、辞書に載っていようがいまいが、現実生活では、1音節のことばを長く引き延ばして発音することは、まま、見られます。私の生まれ育った関西のことばでは特にそれが顕著で、「ちょっと手を出してみろ」というのを、「ちょっとテエだしてみい」と言います。また、「きみ、毛が伸びすぎじゃないか」というのを、「われ、ケエがのびすぎとんで」などと言ったりします。
 関西弁は特別だ、とおっしゃるなら、「背が伸びる」はどうでしょう。これを「セイがのびる」と発音するのは、かなり全国的に見られる現象ではないでしょうか。実際、「背」と書いて「せい」と読むことばを収録する国語辞典は、けっこう存在するようです。
 以上は、漢字の訓読みでのお話ですが、音読みにも同様の例があります。「詩歌」はふつうシイカと読みますが、「詩」の音読みはシであって、シイではありません。「女房」はニョウボウと読んでなんの疑問もありませんが、「女」の音読みはジョ・ニョであって、ニョウではありません。
 どうしてこのような現象が生じるのかについては、1つ1つにそれぞれの事情があって、まとめて説明するのは困難なようです。身の回りのことばに気を付けて聴いてみると、似たような現象は、いっぱいあるかもしれませんよ。

Q0221 「蟲」や「驫」や「轟」など同じ漢字を3つ重ねてある漢字は、なぜ作られたのですか?
 なぜ、と問われても、現代日本に生活していて、古代中国の人々の気持ちがわかるわけではない私としては、困ってしまいます。しかし、漢字の世界では、3つ重ねることによって「多くの」という意味を表すことが多いのは、事実です。
 ご質問にある「蟲」は、Q0181でご説明したように「虫」の旧字体で、もともと小さな虫がたくさん集まっているようすを表した漢字ですし、「驫」を漢和辞典で調べると、多くの「馬」、という意味が載っています。「轟」も、多くの「車」が走る音から、「とどろく」という意味になったと説明されています。
 3という数字で数が多いことを代表させるのは、漢字の成り立ちに関することだけではありません。たとえば「一読三嘆(いちどくさんたん)」という四字熟語があります。一度読んでなんどもため息をつくくらいすばらしい文章のことをいいます。これも、三度しかため息をつかないのではなく、何回も何回もため息をつくことを、「三嘆」と表現しているのです。
 このような、3に対する感覚が、漢字の世界にも投影されていると考えてよいのではないでしょうか。

Q0222 「聖」という漢字の下側の部分は、「王」ですか、それとも「壬」ですか? 私は「壬」だと思っていたのですが……。
 現在、パソコンでこの字を打ち出そうとすると、ほとんどの場合は、「王」の形になった漢字しか出てこないに違いありません。そういう意味では、「王」が「正しい」と言えます。しかし、「壬」だと思っていらっしゃった質問者の方にも、それなりの理由があると思われます。
 それは、この漢字は当用漢字制定以前は、「壬」の形の方が正字体だとされていたからです。一般に、漢和辞典の字体は、中国で18世紀に作られた『康熙字典(こうきじてん)』を規範としています。そこで『康熙字典』で「聖」を調べてみると、図のようになっています。これが、当用漢字制定に当たって、現在見るような字体に変更されて、今日に至っているわけです。つまり、「王」になっているのは新字体、「壬」になっている方は旧字体、ということになります。
 ただし、この『康熙字典』の字をよーく見ると気づくように、実はこの「壬」の部分、正確には「壬」ではありません。「壬」の場合は、一番下の横棒は、その上の横棒より少し短いのですが、この場合は逆なのです。
 そこだけを同じく『康熙字典』から取り出すと、図のような字になります。これはこれでれっきとした漢字で、音読みはテイになります。一方の「壬」の音読みはジンですから、たかだか長い短いだけの違いなのですが、一応、全く別の漢字ということになります。
 このテイの方を含む漢字として「廷」や「庭」があって、それらは音読みがテイであることから、同じグループの漢字であることがわかります。ちなみに「聖」の音読みセイも、このテイと同系列だとされています。
 しかし、現在では、これらの漢字もすべて「壬」を使って表すことが多く、厳密な区別はなされていません。

Q0223 「鳥」が部首になるときは、「鴨」「鴫」「鷹」「鳶」のように、ほとんど右側(旁の位置)か下側(脚の位置)に来ます。どうして左側(偏の位置)に来ないのでしょうか?
 むむむ……。難しいけれど、興味深いご質問ですよね。
 白状すると、このご質問にきちんとお答えできるだけの知識は、私にはありません。でも、おもしろいですから、ちょっと考察をめぐらしてみましょう。
 まず最初に、事実を確認しておきましょう。小社の学習用漢和辞典『新漢語林』の鳥部には、合計203字が収録されていますが、その中で、「鳥」が偏(へん)の位置に来ているのはわずかに11字、5.4%です。現代生活で目にする漢字としては、「鳥」が偏の位置に来るものは、極めてすくないといえるでしょう。
 この理由としてまず頭に浮かぶのは、「鳥」が左側に置かれると、字形のデザイン上、バランスが悪いのではないか、ということです。そこで、偏の位置に置かれることが少ない部首がほかにもないか、探してみましょう。すると、「攵(のぶん)」「殳(るまた)」「戈(かのほこ)」「頁(おおがい)」などが見つかります。
 これらに共通するのは、最終画が、左上から右下へ向かって書かれる、ということです。しかし、「鳥」はこれには該当しません。しかも、「鳥」と似たような形の「馬」は、圧倒的に偏の位置に置かれることが多いわけですから、どうも、バランス感覚の問題ではないようです。
 ここで鋭い読者のみなさんは、漢字の悠久の歴史に思いを馳せて、大昔の古い字形のころには、「鳥」を左側に置くのはバランスが悪かったのではないか、とおっしゃることでしょう。その点を確認するために、1世紀ごろに作られた『説文解字(せつもんかいじ)』という字書を調べてみましょう。鳥部に所属する122字のうち、「鳥」が偏の位置に来ているのは30字、24.6%もあります。『説文解字』は篆文(てんぶん)という古い字形で書かれていますから、篆文の時代には、「鳥」が偏の位置に来るとバランスが悪い、という感覚はあまりなかったのではないか、と推測できます。
 以上の考察から言えることは、「鳥」が偏の位置にあまり置かれなくなったのは、おそらく、私たちが現在使っている楷書(かいしょ)の時代になってからであること、そしてその理由は、漢字の普遍的なデザイン上の問題ではない、ということです。そこから先は、申し訳ないのですが、私の手には負えません。読者のみなさんで、いろいろと考えてみてください。
 何か思いついた方は、ぜひお知らせください。新説・珍説、大歓迎です。

Q0224 常用漢字のうち、「匁」「侯」「爵」「璽」などは一般生活ではあまり使われていないように思うのですが、どうしてこれらが常用漢字に入っているのですか?
 常用漢字とは、当用漢字を改定して生まれたものですが、その当用漢字も、戦前に作られたいくつかの漢字表を元にして作成されたものです。つまり、常用漢字の祖先をたどっていくと、大正や昭和初期にさかのぼることができるのです。
 その祖先たちは祖先たちなりに、当時必要とされていた漢字を定めたわけです。そこで、私たちの生活ではあまり使われていないように思えても、以前はよく使われていた漢字が、常用漢字の中に紛れ込んでいても、不思議ではありません。
 ご指摘の漢字もそういったものの一部です。「匁」は「もんめ」と読んで、昔の重さの単位を表していますし、「侯」「爵」はもちろん続けて「侯爵」として使われ、昔の貴族の位の一つを表しています。「璽」は、「玉璽(ぎょくじ)」という形で使われることが多く、天皇の持つ印鑑のことを指していますから、これは現在でも使われていますが、一般庶民の生活に縁のあるものではありません。
 当用漢字が制定された1946(昭和21)年当時は、これらの漢字はまだよく使われていたのでしょう。しかし、常用漢字が制定されていく過程で、これらの漢字は表から削除される危機に瀕します。1977(昭和52)年に発表された「新漢字表試案」の段階では、当用漢字から33字が削減されることになっていましたが、「匁」「侯」「爵」の3字はみな、その中に入っていたのです。
 2年後の1979(昭和54)年に発表された「常用漢字表案」の段階になると、当用漢字から削除される漢字の数は19字に減ります。ところが、「匁」「侯」「爵」の3人組は、この精選された19人のメンバーに選ばれていて、彼らの運命はまさに風前の灯だったのでした。
 しかし、当用漢字からいくつかの漢字を削除することについては、さまざまな抵抗がありました。すったもんだの挙げ句、最終的に1981(昭和56)年に完成した『常用漢字表』では、当用漢字1850字の全てが、晴れて「再選」を果たしたのです。
 まったく、危ないところを助かったものです。これらの漢字たちを常用漢字に入れておくことの是非はともかくとして、私は、こういった漢字たちの運命を思うと、我が身を省みて、同情の涙を禁じ得ないのでした。

Q0225 「巨」の部首を漢和辞典などでいろいろ調べてみると、「匚(はこがまえ)」「工(こう)」「二(に)」など、いろいろあるようです。いったい、どれが正しいのですか?
 そうなんですね、この漢字の部首は、けっこうめんどくさいんですよ。
 例によって、この漢字の成り立ちをさぐってみるところから始めましょう。図に掲げたのは金文(きんぶん)と呼ばれる古い字形の「巨」ですが、人が何かを手に持っているように見えませんか? これはふつう、人が手に定規を持っている形だと説明されています。
 その定規の部分だけがだんだん拡大されて現在の字形に変化していくわけですが、そこからすると、「巨」の字は、「工」のような形をした定規の真ん中に、取っ手のようなものが付いた形だということになります。
 この理屈からすると、この字の上下にある横棒は、左側にも突き出ていなければなりません。実際、旧字体では図のように、わずかではありますが突き出していたのです。ところが、第二次世界大戦後、当用漢字の制定に伴って、この字は現在見るように、上下の横棒が左側には突き出ない形に変更されたのです。
 さて、この事情を踏まえると、部首のお話はいたってわかりやすくなります。もともとこの字の部首は、成り立ちから言って「工」でした。しかし、新字体で字形が変更されたことによって、形の上ではこの字は「工」とは縁が切れてしまったのです。しかたがないので、漢和辞典編集者はこの字を「匚」に入れておくことにした、というわけです。私自身は、この字を「二」に入れてある漢和辞典は記憶にないのですが、どちらであれ、しかたなしに入れていることには変わりがありません。

Q0226 新製品を発売する(市場に出す)時に、「上市する」ということばを使うことがあるのですが、これはジョウシと読むのでしょうか、それともジョウチと読むのでしょうか?
 たまにはズバッと結論から申し上げますと、これはジョウシだと思います。「市」の音読みはシ、訓読みは「いち」です。「上」をジョウと音読みしている以上、「市」も音読みする方がふつうですし、仮に訓読みしたとしても「ジョウいち」であって「ジョウち」ではありません。
 ただし、「市」を「ち」と読む例は、ないでもありません。岩波書店『広辞苑』を調べると、「年魚市(あゆち)」「武市(たけち)」などが見あたります。しかしこれらはいずれも地名で、慣用的にこう読まれたものでしょう。
 ところで、「上市」ということば、おそらく新語でしょう。私が働く出版の世界では、「上梓」と書いてジョウシと読むことばがあります。昔、印刷の原板を梓(あずさ)の木に彫っていたことから、出版することを「上梓」と言うのです。
 「上市」は、これにならって生まれたことばなのか、それとも「市場に上げる」という表現が縮約して生まれたことばなのか。由来は私にはわかりませんが、グローバル化が進んでいる経済の分野で漢字熟語の新語が生まれているということは、漢字の造語力もまだまだ捨てたものではないのかもしれませんね。

Q0227 2004年9月に人名用漢字が大幅に増えましたが、それらの漢字はどうして今まで使用が認められていなかったのですか?
 人名用漢字を制限していることの背景には、難しい漢字をあまり使わないようにしよう、という考え方があります。人の名前に使える漢字を初めて制限したのは、第2次世界大戦が終わって間もない1946(昭和21)年のことです。この年の末に改正された戸籍法で、人の名前には「常用平易な文字」を用いなければならない、と定められました。
 当時は、一般の生活で用いる漢字を一定程度に制限しよう、という考え方が力を持っていました。難しい漢字を多用することは、日本語をわかりにくくし、一般国民の教育を阻害し、結果として民主的な国家の形成を妨げる、という考え方があったのです。第2次世界大戦に敗れ、国家の再生を急務としていた時代にあっては、この考え方がある程度の説得力を持っていたのは確かです。
 その結果、1850字の当用漢字が制定されることになるわけですが、この漢字制限は、当然ながら人の名前にも適用されることになりました。戸籍法でいう「常用平易な文字」とは、ひらがな、カタカナ、そして当用漢字であると定められたのです。これが、人名用漢字の制限の始まりです。
 それから60年近くが過ぎ、時代は大きく変化してしまいました。漢字を制限することが民主化のために必要だ、というような切迫感はなくなっていますが、コンピュータ時代にあっては、コンピュータで使える漢字の数が、おのずと制限となって表れてきます。現在では、人名用漢字を制限することの意味は、どうやらそのあたりにあるようです。

Q0228 「樹」の真ん中の一番上にある部分は、「土」ですか、それとも「士」ですか?
 私たちが日常で用いる漢字の字体について考えるときは、まず第一に、『常用漢字表』を参照すべきでしょう。これを見てみると、問題の部分は下の方が短い「士」の形になっています。従って、「士」の形で書いておくのが、現代日本では「正しい」と言ってよいでしょう。
 しかし、いろいろ調べてみると、問題はそう単純ではないことがわかってきます。いくつかの漢和辞典を眺めてみると、下の方が長い「土」の形になっているものも、けっこうあるのです。そこで、当用漢字制定以前の活字の字形を調べてみると、どうやら半々のようです。つまり、歴史的に考えた場合、どちらの字形もそれなりに流通していたようなのです。
 しかし、漢字の成り立ちから見たときには、下が短い「士」の方に軍配が上がるのではないでしょうか。といいますのは、「樹」の真ん中の部分は、「喜」の上半分や、「鼓」の左半分と共通しているからです。この共通部分は、Q0203でも触れたように、何らかの打楽器の象形文字だといわれています。「樹」も「喜」も「鼓」も、みんなこの共通部分を元にして生まれてきた漢字ですから、その形は同じであるべきでしょう。そこで「喜」や「鼓」について考えてみると、これらは下が短い「士」で書く方が一般的です。だとすれば、「樹」の場合も、同じように書く方がよいのではないか、と判断できるのです。
 『常用漢字表』が、上記のような判断をしているのかどうかはわかりません。しかし、『常用漢字表』を根拠としても、成り立ちから判断しても、同じ結論になるわけですから、問題の部分は下が短い「士」と書く方がよい、と結論づけてよいように思われます。

Q0229 ある本で「鷲鳥」と書いて「がちょう」とルビが振ってあったのですが、これでよいのでしょうか?
 う~ん、それは誤植ではないでしょうか。
 小社の『大漢和辞典』には、「鷲鳥」という熟語は収録されていません。「鷲」を調べてみても、やはりワシであって、ガチョウにつながりそうな意味は発見できませんでした。一方、小学館の『日本国語大辞典』にも、「がちょう」の項目に「鷲鳥」という書き方は載っていません。
 そもそも、「鵞」をガと読むのは、「我」の音読みがガであるところから来ています。「我」と「鳥」とからなる形声文字なのです。同様に「鷲」の場合は、「就」と「鳥」とからなる形声文字で、「就」の音読みシュウから推測できるように、「鷲」の音読みはシュウです。従って、「鷲鳥」は音読みするならシュウチョウで、ガチョウはあり得ないのです。
 しかし、インターネットで検索してみると、「鷲鳥」が意外とたくさんヒットするのです。ズラリと並んだそのサイトへ行って見てみると、「鷲鳥(Goose)」と書いてあったり、「クワックワッと鳴く鷲鳥」と書いてあったりするのです。ごていねいにガチョウの群れの写真まで載せてあるサイトもあったりして、これはもう、確実に「鵞鳥」の誤植だとしか思われません!
 いやあ、ワープロ時代というのは、たいへんなものです。「がちょう」と入力して変換キーを押せば、「鵞鳥」と出てくるはずです。にもかかわらず、「鷲鳥」となってしまうのは、いったいどうしてなのか? このQ&Aコーナーで「細かいことにこだわらなくていいんです」を連発している私としても、今夜ばかりは「酒でも飲まないとやってられないよ」という気分です!

Q0230 常用漢字なのにあまり使われない漢字の話がQ0224でありましたが、「脹」という字は、どうして常用漢字に入っているのでしょうか?
 おっしゃるとおり、「脹」という字は、「膨脹」以外にほとんど使い道がなさそうですね。しかも、Q0224で取り上げた「匁」「侯」「爵」のような時代性はなさそうです。いったい、どういう事情で常用漢字に入ったのでしょうか?
 「脹」は、「匁」「侯」「爵」と同じく、当用漢字にもともと含まれていて、常用漢字に衣更えする際にあやうく抹殺されそうになった漢字です。とすると、「脹」が入っていることの責任は、当用漢字に求める方が筋が通っていそうです。ところが調べてみると、当用漢字の元になった戦前のいくつかの漢字表にも、この字が入っているものがあるのです。さかのぼると、1932(昭和7)年に国語審議会が答申した「標準漢字表」が、この漢字を含んだ最初の表のようです。1942(昭和17)年に文部省が作成した「標準漢字表」の段階でも、「脹」は含まれています。後者の収録字数は、2,669。これをもとにして当用漢字が定められる際、「脹」はなんとか生き残った、というわけです。
 知りたいのは、その生き残りの理由なわけですが、残念ながら詳しいことはわかりません。ただし、国語辞典で調べてみると、「脹れる」を「ふくれる」と読む例があります。「腹脹れ」で「はらぶくれ」とか、「脹よか」で「ふくよか」なんていうのもあります。しかし、当用漢字・常用漢字のいずれの段階においても、この漢字には「ふくれる」「ふくよか」という訓読みは認められていません。「ふくれる」を漢字で書こうとすると、「膨れる」になってしまうのです。
 ここから推測すると、昔は「脹れる」「脹よか」などという形で、この漢字は以外に多く使われていたのではないでしょうか。現在の私たちがそういった使い方をしないのは、逆に当用漢字によってこれらの読み方が排除されてしまったからなのではないでしょうか。「脹」という漢字は、なんとか当用漢字・常用漢字に入れてもらえはしたものの、「ふくらむ」「ふくよか」という読みを奪われてしまったため、活躍の場がほとんどなくなってしまったのだ、というわけです。
 こういうふうに想像をめぐらすと、私たちが日ごろ当然だと思っている漢字の使い方が、実は当用漢字や常用漢字という政策によって作り上げられてきたのだ、ということが、強く実感されてこないでしょうか。

Q0231 「博士」ということばは、ハクシとハカセ、どちらが正しい読み方なのですか?
 現在、私たちが使っている「博士」ということばは、博士号を取得した人、あるいは比喩的に学識の豊かな人を指して用いられています。しかしこのことばは本来は、王朝時代、学問をつかさどっていたある役職を指すことばでした。役職ですから、当然一定の職務が伴っていましたし、定員もあったようです。私たちの感覚で言えば、「教授」に近いことばだと考えればよいのではないでしょうか。
 一般に、この「役職としての博士」を表す場合には、このことばはハカセと読むのだとされています。それに対して、現代社会の「博士号を取得した人」のことを指す場合には、ハクシと読むのが正しいようです。つまり、「工学博士」はコウガクハクシですし、「博士課程」もハクシカテイが正しい、ということになります。
 しかし実際には、「博士号を取得した人」の場合も、ハカセと読まれることが多いのはご存知の通りです。国語辞典を調べても、ハカセと読むのはハクシの通称なのだ、と出ていることが多いようです。
 そもそもこのハカセという読み方、どこから来ているものなのでしょうか。漢和辞典をいくら調べても「博」にハカという読みはありませんし、「士」にセという読みもありません。実は、この読み方の起源については、定説はないのです。しかし、『日本書紀』などによれば、応神天皇の御世に、朝鮮半島にあった百済(くだら)という国から、「博士」がやってきて『論語』などを初めて日本にもたらした、ということになっています。そんなこともあって、ハカセという読み方の起源は百済語ではないか、という説もあるようです。
 応神天皇のお話が史実かどうかは別にしても、「博士」ということばが、日本に漢字が入ってきたごく初期のころからあったことは間違いないでしょう。これをハカセと読むのが百済起源だとすると、ハカセは、日本人と漢字の長い長い関係の歴史を、ずっと生き抜いてきたことばであるのかもしれません。

Q0232 「切切」ということばは、セツセツと読むのが正しいのですか、それともセッセツと読むのが正しいのですか?
 大きい「ツ」か、小さい「ッ」か。微妙な違いですよね。でも気になり出すと夜も眠れなくなるそのお気持ち、よくわかります。
 国語辞典や漢和辞典で「切切」ということばを調べてみると、その読み方は圧倒的にセツセツです。小さな「ッ」を使ったセッセツは、残念ながらほとんど見つかりません。セツセツが正しい、と考えてよいでしょう。
 と、ここまでであれば、明解なお答えで、我ながら今夜はぐっすり眠れそうなのですが、ものごとはそう単純にはまいりません。圧倒的少数派のセッセツにも、それなりの根拠がないわけではないのです。
 Q0133でご説明したことと少し関連してくるのですが、「~ツ」と音読みする漢字の直後に、カ行・タ行・ハ行で始まる音読みをする漢字が続く場合、「~ツ」が「~ッ」に変化することが非常に多いのです。たとえば「説得」は、セツ+トク=セットクとなりますし、「発行」はハツ+コウ=ハッコウとなります。これと同様に、直後がサ行で始まる音読みをする漢字の場合も、「~ツ」が「~ッ」に変化することがあります。「節制」はセツ+セイ=セッセイ、「発送」もハツ+ソウ=ハッソウ、といった具合です。
 この法則を当てはめると、「切切」がセツ+セツ=セッセツとなってもおかしくはありません。ただし実際には、この法則に当てはまらない読み方もたくさんありますし、「切切」の場合は、同じ漢字が2字続いているという特殊事情もあります。セッセツにも情状酌量の余地を残しつつ、やはり、セツセツが正しい、としておくのが、安眠のためにもよさそうです。

Q0233 「けじめ」と読む漢字はありますか?
 いつもお世話になっている小学館『日本国語大辞典』で「けじめ」を調べてみますと、漢字での書き方は掲げていませんが、昔は「差別」「区別」という漢字を当てることもあったという記述があります。「けじめをつける」とは、「区別をつける」ということですから、意味の上から当て字として用いたものでしょう。
 では、「けじめ」を漢字1字で表すことはできないのでしょうか。ここで『大漢和辞典』にご登場いただきましょう。その索引で調べてみると、「けじめ」という字訓(訓読み)を持つ漢字がありました。それは意外なことに、「数」(旧字体では「數」)という、実に見慣れた漢字です。
 早速、本文に当たってみると、「数」の意味の説明として、たしかに「けじめ」が書いてあります。そして、その根拠として、中国のある古典の注にある「数は、等差を謂ふなり」という一文を挙げています。ここでいう「等差」とは、「ちがい」というくらいの意味なのでしょう。ちがいをはっきりさせることは、けじめをつけることですから、「数」を「けじめ」と読むことができる、というわけです。
 以上、「けじめ」を漢字で書くとすれば「区別」「差別」「数」という3つの書き方がありうることがわかったわけです。しかし残念ながら、喜び勇んで「けじめ」をこれらの漢字で書いてみたところで、現代日本では、それを「けじめ」と読んでくれる人はほとんどいないと思われます。
 文字による表現というのは、相手がきちんと読んでくれなければ意味がありません。自分の好みによる表現と、読み手が理解できる表現との間に、きちんとしたけじめをつける必要がありそうです。

Q0234 「皈」という漢字は「帰」の異体字だそうですが、こんなに形が違うものがどうして異体字なのでしょうか?
 確かに、一見すると形が違いすぎて、異体字だといわれても納得がいきませんよね。しかし、ちゃんと説明はあるのです。
 この字については、異体字研究の大家・杉本つとむ先生の『漢字百珍――日本の異体字入門』(八坂書房)の中に、詳しい説明があります。それによれば、「帰」と「皈」のつながりは、次のように推測されます。
 「帰」は旧字体では「歸」と書きますが、この左側の部分からまず「止」が省略され、さらには残された部分(「追」から「しんにょう」を省いた形)が、「自」へと変化しました。これがさらに「白」へと変化したのが、「皈」の字の左側なのだそうです。
 では、右側の「反」はどこから来たのかというと、こちらは「かえる」という意味がもとになっているといいます。つまり、「反」は「返」と意味が似通っていますから、そこから「帰」の異体字の一部分として使われるようになった、というわけです。
 以上は杉本先生の説ですが、異説もあります。それは、もともと「自(みずか)ら反(かえ)る」というところから、「自」と「反」を組み合わせて「かえる」と読む漢字があって、それが「皈」へと変化した、というものです。
 納得がいきましたでしょうか。ちなみに、杉本先生のこの本では、さまざまな異体字について非常にわかりやすく説明がされています。小社の本ではありませんが、異体字についてご興味のある方には、ご一読をおすすめします。

Q0235 姓名判断では、「理」という漢字が11画だったり12画だったりしますが、どう数えれば12画になるのですか?
 現在の姓名判断の源流になっているのは、1881年生まれの熊崎健翁(くまざきけんおう)という人が、昭和初期に始めた「熊崎流」というものですが、この熊崎流の画数の数え方にはいくつかの特徴があります。そのうち、今回のご質問に関連してくるものとして、次のようなものがあります。
 曰わく、「部首の画数は、『康熙字典』の部首画数を用いる。」
 どういうことかと申しますと、たとえば「さんずい」の画数は、誰が数えても3画です。しかし、「さんずい」はもともと「水」が変形して生まれたものです。したがって『康熙字典』では、「さんずい」を部首とする漢字は全て、「水」部に収められているのです。そこで熊崎流の姓名判断では、「さんずい」を数えるとき、「水」の画数である4画と数える、というわけです。
 さて、そこで問題の「理」です。この字の部首は「王」ですが、これはもともと「玉」の変形なので、『康熙字典』では5画の「玉」部に収められているのです。そこで熊崎流では「理」の画数を、「玉」の5画と「里」の7画とを合わせて、12画と数えることになります。
 現在では姓名判断にもいろいろな流派があるようで、以上のような数え方をしない場合もあるようです。しかし、画数は姓名判断の基礎になる部分ですから、それぞれの流派でこだわりはあるようです。なにしろ、1画違えば運命が大きく変わってくるというのですから。
 私はけっして、姓名判断の専門家でもなんでもないのですが、姓名判断に関係して漢字の画数についてご質問をうけることがけっこうあります。そこで、以前、姓名判断について少し調べてみた結果、以上のような知識を身につけたわけです。
 子どももいないのに姓名判断について勉強しなくちゃならないなんて、漢和辞典の編集担当というのも、なんだか因果な商売だという気がしてきましたよ、全く……。

Q0236 前から疑問に思っていたのですが、「虹」は空に出るものなのに、どうして「虫」へんが付くのですか?
 当然のことではありますが、漢和辞典の仕事をしていると、校正だのなんだのといった目的で、漢和辞典を最初のページから順々に眺めていかなくてはならないことがあります。そんなとき、「虫」へんのところにさしかかると、私は気が重くなるのです。
 なぜかって?「虻(あぶ)」「蚓(みみず)」「蚕(かいこ)」「蚋(ぶよ)」「蚤(のみ)」「蚊(か)」……。こんな感じで何百字も続くのですよ。虫地獄に落ち込んでしまったみたいで、たまったもんじゃありません。
 そんな中で、オアシスを提供してくれるのは、「虹」と「蛍(ほたる)」くらいでしょうか。私としては、「虹」を「虫」へんにしてくださった漢字の神様に、感謝したいくらいです。
 古代中国の人は、「虹」は竜の一種だと考えていました。大空をまたぐ壮大で美しい七色の竜――。なかなか美しいイメージじゃないですか! 竜はもちろん想像上の動物ですが、蛇によく似た姿形をしています。そこで、「虹」は蛇の一種だともいえるわけで、この漢字に「虫」へんが付いているのは、「蛇」に「虫」へんが付いているのと同じことなのです。
 さて、私にとっては地獄のような「虫」へんですが、虫好きの方からすれば、天国かもしれません。では、「やまいだれ」はどうですか? 「疔(できもの)」だの「疣(いぼ)」だの「痂(かさぶた)」だの……。そんな漢字がいっぱいですよ。
 でも、世の中は広いですから、こういう世界のフェチってのも、きっといらっしゃるんでしょうね。

Q0237 「木」が「黄」色くてどうして「横」なのですか?
 小学生でも知っているようなごくごくありふれた漢字が、よくよく眺めてみると不思議な形をしていることがあります。「横」もその1つ。こういう不思議を発見することは、漢字の楽しさの1つです。
 しかし、「横」がどうして「よこ」という意味なのか、については、なかなかすっきりとした解釈が見つからないのです。そもそも「黄」がなぜ yellow を表すのかにすら、定説があるわけではないのです。
 「黄」という字は、今の字体からはなかなか想像が付きにくいのですが、甲骨文字では図のような形をしていて、火矢、つまり先端に火を付けて射る矢の象形だったのではないかと解釈されています。その火の色が黄色く見えるところから、yellow を表すようになった、というのが1つの説です。
 一方、甲骨文字より少しだけ新しい金文(きんぶん)では、「黄」は図のような字形をしていて、おびだま、つまり中国古代の人々が腰にぶら下げていた貴金属の装飾品の象形だったのではないか、とも解釈できるそうです。その貴金属の輝きが黄色く見えるところから、yellow を表すようになった、というのがもう1つの説です。
 前者に従った場合、「横」に含まれる「黄」は、単に発音を示す記号、ということになるようです。「横」はもともと門に差し渡す「横木」のことで、それがコウとかオウとかいう発音であったため、似た発音の「黄」という字を借りてきた、というわけです。
 それに対して、後者の説に従った場合は、おびだまは腰の横のところにぶら下げるのでもともと「よこ」のイメージがあって、それで、「横木」を表す漢字ができるときに「黄」が使われた、というわけです。
 このように、漢字の世界では、魅力的な謎に対して必ずしも快刀乱麻の解決が下されるわけではないのです。いくつかの説が並び立っていて、結局のところ、どれが本当なのかわからない、という場合も多いのです。
 しかし、考えてみれば、人生なんてそんなものです。魅力的なこともたくさんありますが、よくわからないままに過ぎていくこともいっぱいあります。そこで私は、思い切ってこう言いたいのです。
 漢字は人生そのものだ、と。

Q0238 「酒」の部首はどうして「さんずい」ではなく「酉」なのですか?
 もっともな疑問ですよねえ。私だってこの仕事に就く前は、「さんずい」が部首だと思っていました。
 しかし、以前にもご説明したように、部首というのはもともと、漢字の意味分類の方法だったのです。従って、ある漢字の部首を考えるときには、その漢字の意味に注意を払う必要があるのです。
 そこで問題の「酒」ですが、これが「さけ」という意味であることは間違いのないところです。お酒はたいてい液体ですから、意味から考えても「さんずい(水の変形)」が部首であってもおかしくありません。どうして「酉」が部首なのか、ますますわからなくなってきそうです。
 この謎を解くためには、「酉」について考える必要があります。この部首は「とりへん」とか「ひよみのとり」とかいう名前で呼ぶので、なんとなく鳥と関係がありそうな気がしますが、それは「酉」がたまたま十二支で「とり」と読むからだけのことです。もともとは、この字はなんと、お酒をいれる容器を表す象形文字だったのです!
 そんなわけですから、「酉」が付く漢字は、お酒にまつわる意味を表すものが多いのです。「酌」「酔」は当然のこと。「酢」「酪」「酵」なども、お酒と同様に何かを人為的に醗酵させて作るものを表している、というわけです。この事情を知っていれば、「酒」の部首を「酉」にしていることもうなずけることでしょう。お酒は水よりも濃いのです。
 漢和辞典の仕事を通じてこのことに気づいて以来、私は「酉」の字を見るたびに、徳利の形を連想するようになりました。いや、連想というよりは、この字が徳利そのものに見えてくるのです。
 というわけで、今日もそろそろいい時間。しがらみの多い会社をひけて、どこかで静かに一杯傾けるとしましょうか。

Q0239 「令」の一番最後に書く部分は、「ヽ」が正しいのですか、それとも「丨」が正しいのですか?
 この問題が気になる方は多いのでしょう。小社漢和辞典編集部にいただく漢字に関するご質問の頻度数ランキングで、常にベスト・スリーに入っている質問です。
 お答えとしては、例によってどっちでもいい、ということになってしまうのですが、この2種類の「令」の違いは、通常、書き癖によるものだと説明されています。Q0078Q0101Q0157などで取り上げた『常用漢字表』の「(付)字体についての解説」では、図のように示されて、両者は「筆写では、いろいろな書き方があるもの」の一例だとされています。
 数十年前になりますが、ある人が出生届を出しにいったら、この字が正しくないとして受理されなかったそうです。当時の「当用漢字字体表」にはこの字が「丨」タイプで印刷されていたのに対して、出生届に書かれた手書き文字は「ヽ」だったからです。
 この話はそのスジでは有名な事例なので、さすがに現在では、「令」の字体を理由にして出生届が突き返されることはないと思います。しかし、そんな話を思い出すにつけても、「令」の字体は、だれもが気になる問題なのだなあ、と実感されます。

Q0240 「博」や「専」と似た漢字に「恵」がありますが、この右上に点を打ったら、間違いですか?
 「博」と「専」の点のあるなしについてQ0218でご説明したら、こんどは「恵」に関するご質問です。一難去ってまた一難、という感じですね。
 「恵」については、点を打たないのが「正しい」字体です。この字の詳しい字源については、いろいろな説があるようですが、少なくとも「心」とそれ以外の部分に分けることができる、という点では一致しているようです。この「それ以外の部分」は、現在、私たちが使っている字体では省略されてしまっていますが、もともとは図のような形をしていました。
 この形を見てピンときた方は、このQ&Aコーナーの熱心な読者ですね。そうです。これはQ0218でご説明した「専」の旧字体にも含まれている形ですよね。つまり、「恵」は「専」の仲間なのです。したがって、「専」に点が付かないのと同様に、「恵」にも点は付かないのです。
 Q0218では、「博」や「補」の右上の部分はもともと「甫」という形をしていて、これらの漢字がハクやホというハ行の音読みを持っているのは、その名残だということをご説明しました。「恵」の音読みはケイ。点が付かないことと音読みがハ行でないことは、ここでも一致しているのです。
 そこで、この問題については、こういう法則が生まれます。いわく、「音読みがハ行であれば点が付く。」なかなか便利な法則でしょう?

Q0241 「薇」の「くさかんむり」を除いた部分と、「微」とは、ちょっと字体が違いますね。なぜですか?
 「薇」はいわゆる形声文字で、意味を表す「くさかんむり」と、発音を表す「微」とから成り立っています。そこで、「薇」から「くさかんむり」を除いた部分は、「微」と同じでなければならないはずですが、一般に使われている字体では、たしかにちょっと違っています。不思議に思うのも当然です。
 現在、私たちが使っている字体の基準となっているのは、これまでも何度か取り上げた『康熙字典』です。そこで、この本で「微」を調べてみると、図のような字体をしていることがわかります。なんだか、ここでも私たちの知っている「微」とは、ちょっと違いますね。私たちの知っている字体で「π」のようになっている部分が、「一」と「儿」に分かれているのです。
 実はこの「微」は、当用漢字が制定されたときに、字体が変更された字の1つなのです。どうしてこのような微妙な変更を行ったのかはわかりませんが、『康熙字典』の字体は旧字体、私たちの知っている「微」は新字体、ということになるのです。
 さて、一方の「薇」を『康熙字典』で調べてみると、図のような字体であることがわかります。「くさかんむり」の間が切れているなどのわずかな違いはあるものの、パソコンで入力して出てくる「薇」とほぼ同じです。この漢字は、当用漢字やそれが改定された常用漢字には入っていないので、字体が変更されることがありませんでした。その結果、「微」と「薇」とは、字体が微妙に違うことになった、というわけです。
 ちなみに、この『康熙字典』の「薇」を、先に掲げた『康熙字典』の「微」と比べてみると、やはり、一致していない部分があります。先に「一」と「儿」に分かれていると指摘した部分が、こんどは「一」と「几」に分かれているのです。これは、『康熙字典』のミスだとされています。
 どんな辞書にも、ミスはあるものなのです。

Q0242 「覇」の旧字体は「霸」のようですね。「雨」がどうして「西」のような形になったのですか?
 『康熙字典』や『大漢和辞典』を調べると、「覇」は「霸」の俗字だと書いてあります。ただし、いわゆる新字体旧字体の関係ではありません。
 この字の字源を調べてみると、例によって諸説があるのですが、「雨」と「革」と「月」とから成り立つという点は一致しています。これらから考えると、「覇」はもともと「霸」と書くのが正しかったと言えるでしょう。
 しかし、いつもお世話になっている『書道大字典』(角川書店)を見てみると、古の名書家たちの筆跡はほとんどが「覇」になっています。おそらく、字体としては「霸」の方が正しくても、手書きされる際には、5~6世紀ごろには、「覇」が使われるようになっていたのでしょう。
 さて、その理由ですが、基本的には、「雨」の点を4つ打つのがめんどくさかったのだ、と推測されます。しかし、「雨」かんむりの字は他にもたくさんあって、それらが「西」のような形に変化していない以上、やはり、この字だけの特殊な事情があったの考えるべきでしょう。
 それは、おそらく意味上の問題だと思います。「雨」かんむりの字は、当然ながら雨に関係する意味を持つのが基本です。しかし「覇」の場合、そういった意味は早いうちに失われて、主に「覇者」「覇王」「覇権」などに見られる「一番力の強い人」という意味でのみ使われるようになりました。そのため、「雨」かんむりとの意味的な関連がなくなり、省略して「西」のような形を書いても、おかしいと感じにくかったのではないでしょうか。
 以上の推測が正しいとすると、意味が変化することにより、消極的ではありますが字形の変化を促したわけで、漢字とはやっぱり、奥が深いものだと思います。

Q0243 人名用漢字に「晟」という字がありますが、これをパソコンで見ると、1画多いように見えます。これでよいのでしょうか?
 これは、フォントの問題です。ワープロで文字を入力して、その文字を選択してからフォントを切り替えると、書体がゴシックや明朝などに変化しますよね。ここからもわかるように、フォントによって漢字のデザインはいろいろに異なります。この「晟」という字に関しては、そのデザインの差が画数にまで影響してしまっているのです。
 図は、ある2つの明朝体で「晟」という字を打ち出してみたものです。「成」の真ん中あたり、横棒が右に突き出ているのとそうでないのとがあることがわかりますね。このうちの突き出ている方が旧字体で、突き出ていない方が新字体です。この字が人名用漢字に入ったときに、字体が変更されたのです。
 パソコンのフォントの字体は、原則的に日本規格協会が発行している規格票に定められています。フォントをデザインする人がこれに従っているからこそ、さまざまな人がさまざまなフォントを使っても、同じ字を目にすることができるのです。
 この規格票には、この漢字は新字体しか掲載されていません。したがって、旧字体になっているフォントは、厳密にいえば、間違ってデザインされてしまったことになります。
 フォントのデザインは基本的にデザイナーの自由ですが、このように画数が異なってしまうようなデザイン差は、漢和辞典としてはちょっと困ります。かりにネット上で動く漢和辞典を作ったとしても、それを見る人がどんなフォントを使っているかによって、表示している文字が違うことになってしまうからです。「晟」は10画なんて書いておこうものなら、旧字体の方をデザインしてあるフォントでご覧になっている読者の方から、「11画の間違いじゃないんですか」とご指摘をいただくことになるでしょう。
 何千字もの漢字をデザインするのは、たいへんなお仕事だとは思います。しかし、規格票とは画数が違ってしまうようなデザイン差は、起きないように注意してほしいものです。

Q0244 「胃」の部首は「月」ですか、「田」ですか?
 もうだいぶ前、Q0023でお話したことなのですが、部首としての「月」という字形の中には、もとは「肉」であったのが変化したものが含まれています。これを「にくづき」といいます。
 「にくづき」はその由来から想像がつくように、「肉体」に関係する意味を表す部首です。そこで「胃」の場合ですが、この漢字の意味が「肉体」に関係していることは、間違いのないところ。部首とはたいてい、その漢字の構成要素の中で意味的に一番重要な働きをしている部分ですから、この漢字の部首は「月(にくづき)」ということになります。
 それでは、「胃」の「田」の部分は、いったい何を意味しているのでしょうか。古い字体の1つ、金文(きんぶん)では、この漢字は図のような形をしています。なんだか、できの悪いSF映画に出てくる火星人みたいな感じですよね。でも、火星人の足(いや、あれは手なのでしょうか?)にあたる部分が現在では「月」になり、頭にあたる部分が「田」になっていることは、容易におわかりいただけるでしょう。
 では、この「火星人の頭」は何なのでしょうか? これは、胃袋の中に何かが入っている姿の象形だとされています。私はなまの胃袋を見たことはありませんが、この漢字のなりたちを知ったとき、なるほど、胃袋とはこんな感じだろうな、と思ったものでした。それ以来、お気に入りの漢字の1つであります。

Q0245 「処」の左側の「夂」は、「すいにょう」ですか、「ふゆがしら」ですか? 「すいにょう」のところを捜してもこの字が見つからないのですが……。
 中国最古の文字学書『説文解字(せつもんかいじ)』では、この漢字は「夂」と「几」とからなる会意文字だとされています。「几を得て休む」と書いてありますから、「几」は肘掛けなり台なりを表していて、それにに寄りかかって休憩することを表す、というのでしょう。
 ただし、この説明だと問題の「夂」がいったい何者なのかは、よくわかりません。そのせいかどうかわかりませんが、『説文解字』はこの字の部首を「几」にしています。そこで、現在の漢和辞典でも、「処」の部首を「几(つくえ)」にしていることが多いのです。「すいにょう」のところを捜しても見つからなかったのは、おそらくそのせいでしょう。
 さて、問題の「すいにょう」か「ふゆがしら」か、という件ですが、この2つの区別は非常に難しいのです。両者の違いは、漢和辞典によって説明がまちまちで、実際のところ、かなり古くから混用されてきたようです。「処」の場合、現代の漢和辞典でも「夂」の解釈は一定していません。
 「処」の「夂」が何を表しているにせよ、部首は「几」なのですから、やれ「ふゆがしらだ」やれ「すいにょう」だと議論すること自体に、あまり意味がないともいえます。無責任なようですが、この点についてはあまりこだわらない方がよさそうです。

Q0246 「秋」という字は、「禾」と「火」の左右を入れ換えて書いても、上下に並べて書いてもいいと聞いたのですが、本当ですか?
 本当です。小社『大漢和辞典』には、図のような漢字がきちんと収録されていて、どちらも「秋」の異体字であると示されています。ただし、左右に並べて書いた字は「禾」の部首に収録されているのに、上下に書いたものが「火」の部首に収録されているのは、ご愛敬です。
 会意文字であれ形声文字であれ、2つのパーツを組み合わせて作られた漢字は、それぞれのパーツの意味や発音が、出来上がった漢字の意味や発音の元になっています。一方、異体字とは、意味や発音が同じなのに、形だけが違う漢字のことです。そこで、パーツが同じなのに組み合わせ方が違う異体字というものは、数多く存在するのです。それは、何も「禾」と「火」の組み合わせに限ったことではありません。
 ただし、同じパーツが組み合わさっているにもかかわらず、意味や発音が全然違うものになってしまう漢字もあります。そのあたりに関しては、以前、Q0082で取り上げたことがありますので、そちらをご参照ください。

Q0247 「愛」の部首は「心」ですか、「夊」ですか? ある国語の先生には、「部首とは漢字の上下左右にあるものだけだ」と言われたのですが……。
 このQ&Aコーナーでは、部首に関連するご質問というとどうも「夊(すいにょう)」が絡んでくることが多いですね。地味な部首なのに、けっこう扱いにくいようです。
 さて、ご質問の「愛」の部首ですが、いくつかの漢和辞典を調べてみたところ、伝統的には「心」にしているようです。部首とは、そもそも意味分類から発しているものですから、「愛」は「心」に関係する意味を持つということで、「心」を部首とするのが説得力があると思います。
 しかし、「愛」という字は古くは、「振り向きながら歩く」とか「ひっそりと歩く」とかいった、歩くことに関係する意味も持っていたようです。そこからすれば、足に関係する意味を持つ「すいにょう」に所属させるのもおかしくはないともいえます。ただ、現代人にとってはそのような古い意味はあまりピンと来ません。やはり、「心」の方がよいと思います。
 部首とは漢字の上下左右にあるものだけだ、とおっしゃる先生のお気持ちはわかりますが、現実には「興」の部首は「臼」であるなど、妙な位置に現れる部首も多いのです。位置にはあまりこだわらず、意味から考えていくのが王道でしょう。

Q0248 「満」という漢字の4画目と7画目の2本の横棒は、どちらを長く書くのが正しいのですか?
 漢字とはコミュニケーションの道具ですから、基本的には、書き手の意図が読み手に伝わることが大切です。ですから、間違った漢字を書いて、相手に誤解を与えてしまうのはもちろん問題ですが、かといって細かい部分にこだわりすぎて、自分の表現が窮屈になってしまうのも、考えものです。
 この「漢字Q&Aコーナー」では、漢字の細かい字形について、しばしば、「どっちの書き方でもいいんです」と申し上げてきました。それは、細かい部分にこだわりすぎて窮屈になってしまうと、漢字のおもしろみが半減してしまう、と考えるからです。
 今回のご質問も、同じです。「満」の4画目と7画目の横棒は、どちらを長く書いたとしても、「満」以外の漢字と間違えられる恐れはありません。また、漢字の成り立ちから考えると、この字は旧字体では「滿」と書かれていて、問題の部分は「廿」の形をしていました。ですから、もしこだわるのだとすれば、「7画目は突き出ない」とすべきでしょうが、新字体では「突き出る」のが前提になっています。旧字体と新字体の間で、この部分の形に関する根本的な考え方が変わってしまった以上、4画目と7画目の長さに関する議論は、漢字の成り立ちからは結論を出せそうにありません。
 以上のように、どちらかでなければならない理由は見あたりませんから、結論としては、いつものことながら、どちらでもよい、ということになります。ちなみに、これまでも何度かご紹介してきた、『常用漢字表』に付された「(付)字体についての解説」の中でも、この字は図のように示されて、長短に関してどちらでもいい例の1つとして取り上げられていることを、付け加えておきます。

Q0249 「烏」の部首は「れっか(よつてん)」になっていますが、カラスと火とは、何か関係があるのですか?
 いやあ、これはまったく、関係がないと思いますよ。
 部首による漢字の分類を最初に用いたのは、紀元1世紀ごろに書かれた『説文解字(せつもんかいじ)』という字書です。この字書の部首の数はなんと540もあるのですが、その中で「烏」がどこに分類されているかというと、「れっか」でも「鳥(とり)」でもないのです。なんと「烏(からす)」という独立した部首があるのです。疑う人がいるかもしれませんから、証拠として現在の中国で発行されている『説文解字』の該当部分を、図として示しておきましょう。
 『説文解字』の「烏(からす)」部に所属している漢字は、「烏」のほかに、図に見える2つの漢字が全てです。たった3文字の、それも明らかに寄せ集めとわかる小さな部首ですが、「烏」はれっきとしたその家主だったのです。
 現在の部首分類の元になっているのは、18世紀に作られた『康熙字典(こうきじてん)』で、その部首の数は214です。540と比べるとずいぶんと減ったものですが、部首というものは、数が多すぎるとかえって漢字を捜すのがめんどうになるものです。そこで、さまざまな部首が統廃合を繰り返す中で、「烏(からす)」も「れっか」へと吸収合併されてしまったのです。この部首に所属する漢字の共通点を考えると、「れっか」以外に引き取り手がいなかったのでしょうねえ。
 部首とは、基本的には意味分類の方法として誕生したのですが、実際の運用においては、「烏」のように、意味的には何ら関係のない部首に所属する漢字もたくさんあります。このあたり、タテマエと本音を平気で使い分ける、東洋人の面目躍如、といったところでしょうか。

Q0250 音読みと訓読みの見分け方って、あるんですか?
 音読みとは、もともと中国語としての漢字の発音に基づく読み方です。一方、訓読みは、その漢字の持つ意味を日本語に翻訳したところから生まれた読み方です。そこで、音読みはその発音に中国語の特徴を残しているのに対して、訓読みにはそんな特徴はありません。このことを利用して、音読みと訓読みをある程度見分けることが可能です。
 具体的にご説明しましょう。まず、音読みは、かなで書くと必ず3文字以下になります。これは、中国語では漢字1文字が必ず1音節で発音されることの名残です。したがって、「比」を「くらべる」と読んだり、「慌」を「あわただしい」と読むなど、4文字以上になる読み方は、訓読みだということになります。
 3文字になる場合でも、音読みには共通した特徴があります。それは、2文字目が必ず小さい「ゃ」「ゅ」「ょ」になる、ということです。そこで、「思」を「おもう」、「遊」を「あそぶ」と読むのは、明らかに訓読みということになります。逆に、たとえば「流」を「りゅう」、「小」を「しょう」と読むようなものは、音読みと考えてまず間違いありません。。
 2文字になる読み方でも、音読みには共通した特徴があります。それは、2文字目は必ず「い」「う」「つ」「く」「ち」「き」「ん」のいずれかである、という特徴です。したがって、「家」を「いえ」、「浜」を「はま」と読むのは、訓読みということになります。
 しかし厄介なのは、2文字目が「い」「う」「つ」「く」「ち」「き」「ん」で終わる読み方の中には、訓読みも混じっている、ということです。たとえば「靴」を「くつ」と読むのは、「つ」で終わりますが、訓読みです。そこで、これらに1文字の読み方を加えたものが、音読みか訓読みか、判断に迷うもの、ということになります。
 これら判断に迷うものは、結局は、1つ1つ個別に辞書で調べていくしかありません。残念ながら、音読みと訓読みの絶対的な判別法というものは、存在しないようです。


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