第54回 読売教育賞-平成17年-
7.外国語教育部門 実践報告書
「無からの英語教育改革」
滋賀県立草津東高等学校教頭(元滋賀県立米原高等学校教諭)
山岡憲史
1.無からの出発
無から有を作り出すことには膨大なエネルギーが要る。しかし,それは,教師の情熱によって必ず達成される。現状を変えようとする強い問題意識と,それを成し遂げようとするあくなき意志が作物に染み込む水のように浸透していくならば,無から生まれた有の芽は,大陽の光をほしいままに吸収して,大きな実をつける。
私が滋賀県立米原高等学校(以下 米原高校と記す)で4年間にわたって実践した英語教育改革への模索は,まさに,一から土を耕し,種を蒔き,丹念に肥料を施し続ける地道な努力の連続であった。幸いなことに,その取り組みは,スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール(以下SELHiと記す)という強い推進力と発信の場を得て,全国にその成果を広く認められるまでになった。
英語を学ぶには,それが日常的に使われている環境に身を置くことが最も効果的であるとされる。英語圏に留学することは最も理想的な習得法であり,それができない場合は,国内に留学をしているのとできるだけ同じような環境を作り出すことが望ましい。英語以外の教科を英語で教えるいわゆるイマージョンは,英語を,学問を学ぶための手段として習得しようとする疑似留学環境を創造する試みである。
しかしながら,滋賀県北部に位置する米原高校は,地域柄,英語を話すネイティブは周囲にほとんどいず,留学生や帰国子女も皆無であり,英語を習得する環境には恵まれない田舎の普通の中堅進学校である。普通科と理数科の併設校であり,理数教育には優れた実績を持つものの,4年前は普通科にはこれといった特色はなく,英語を学ぶための施設や設備はテープレコーダー以外何もないという状況であった。そのようななかで,私は英語教育を変えたいと願った。環境に恵まれず潤沢な経費をかけて留学をしなくても,英語教育の大きな変革は可能であり,生徒のコミュニケーション能力を伸ばし,英語を使おうとする積極的な意欲を引き出せることを証明したいという意志が,私の挑戦の原点であった。
2.受験のためだけの英語教育への訣別
米原高校の普通科の1クラスに英語コースを設置することが決定されたのは平成12年春である。それには,「公立とはいえ,今後は生き残りをかけて,理数科以外にも特色を鮮明に打ち出し,競合的な野心を持って経営に乗り出そう。」という校長の強い意志があったと同時に,英語教師としての私自身が長年抱き続けてきた問題意識があった。
進学校の英語教育は,おおよそどこでも判で押したように同じである。「大学受験」には,教師がミニマムと信じる「受験英語」の徹底的な暗記と演習が必要で,そのために文法を演繹的に習得させ,多くの語彙を機械的に覚えさせ,難解な英文をたくさん読ませて和訳や内容把握を問う問題を数多く解かさなければならない,という信念のもと,高校1年次から徹底的に暗記と演習を繰り返す。授業は,文法の一方的な説明か,英文を読んで生徒を指名し,それを和訳させるという作業の繰り返しとなる。
このような方法論がすべて間違いではない。明治以来,日本人はこのようにして,外来の文化を書物を通じて摂取してきたのであり,日本人の勤勉さと相俟って,このような訓練が「選択的外来文化の受容」に大きくあずかって力を持ってきたことは否めない事実である。しかし,従来の訳読文法式教授法には,生徒が英語を使えるようにはならないという大きな欠点がある。このような授業は,生徒が受験の知識やテクニックを訓練的に身に付けるという以外目的がなく,教師の説明を聞き,ノートを取り,自分が予習でしてきた和訳を訂正するという,実に単調な授業に身を置き,当てられる不安におののきながら,ひたすら身を伏せて授業を聞く,という構図がよく見られる。たまに,「役に立った」と言い,「あの先生の授業はわかりやすい」と感激しても,それはあくまでも自分が受験問題を解くという観点でしか判断できない。理解はしても英語を自分の表現力に高められることはほとんど期待できない。
このような授業を延々と続け,受験の力を鍛え,効あって志望大学に合格する。だが,感謝の言葉とともに,「これで英語から解放された」という言葉を残して卒業していく生徒たちを目の当たりにして,私は英語教師として忸怩たる思いを抱き続けてきた。私の,英語教育を変えたいという願いは,ここから始まった。
折しも,「使えない英語教育」への批判が噴出し,コミュニケーションができる英語教育への変革が叫ばれ続けているときであった。その趣旨に賛同し,旧来の非効率的で英語嫌いを量産する文法訳読方式からの脱却を目指して,英語コースでの英語教育の目標を「英語における,話す・聞く・読む・書くの4つの技能を実践的に運用でき、英語でコミュニケーションをしようとする強い意欲を持ち,英語を手段として多方面への知的好奇心と豊かな国際感覚を有した生徒を育てる。」とし,将来英語を使ってさまざまな分野で活躍できる人間を育てることを主眼に置いた。
3.「受験」と「実用」のdichotomy
現在でも,「コミュニケーションを主体とした授業は受験に役に立たない」という根強い「信念」がある。そのため,「オーラル・コミュニケーション」の授業を文法に振り替えて,ひたすら文法知識の学習に充てている学校も数多い。英語によるコミュニケーション能力育成の授業が,いわゆる海外旅行対策程度の「英会話」と同一視されて,軽薄なイメージを持たれ,受験には無縁な「遊び」とみなされて,進学校ではオーラル無用論が居座っている。
現に,英語コースを設置すると公表した時には,外部からさまざまな批判や疑義が噴出した。「米原高校は英会話学校になるのか?」「米原高校は大学進学をあきらめ,専門学校の予備校になるの?」また,生徒が集まらない,進学率が伸びないといった理由で,全国的に英語科や英語コースが凋落の傾向にあるという事実から,「進学校である米原高校で英語コースが成功するはずはない」といった悲観論も耳が痛いまでに聞こえてきた。こういった声を聞くにつけ,「英語のコミュニケーション能力を伸ばす」「将来も英語を学び続けたいという意欲を持ち続ける生徒を育てる」という私の理想は,大学進学という現実と相反するものなのか,という悩みに襲われて煩悶した。
米原高校が進学校である以上,受験を無視しての英語教育はあり得ない。しかし,「英語のコミュニケーション能力の育成に重点を置くことは,受験にも大いに役立つ」という自らの立てた仮説を信じ,それを証明することこそが英語コースの成功の鍵となると意欲を奮い起こし,大学受験にも従来とは違ったアプローチで真正面から向かい合うことを目標に組み入れた。
4.英語コース元年
平成13年春,米原高校の普通科の1クラスに英語コースが新設された。1クラスの定員が充足できるかという心配は杞憂に終わり,英語に関心のある生徒たちが集まったが,英語の力に関してははなはだ心許ない状態であった。中学時代に市や町の短期海外派遣に行ったことで英語に興味を持ったり,スピーチコンテストに出たことがきっかけとなって英語を好きになったという生徒が少数いたが,ほとんどは他の教科に比べて少しだけ英語に興味があったり,英語の歌を聴くことが好きといった程度のあまり積極的とは言えない動機で入学してきた。
その生徒たちにまず最初に指導したことは,次の2つである。
1) 英語を学ぶには積極的な姿勢が必要であり,臆してしまう内気さを克服すること。
2) 異質なものや自分の価値範疇にないものを受け入れる柔軟な心を持つこと。
技術の指導以前に,生徒たちが持つ英語への軽いままの感覚を深いものにすることが先決と考えて,外国語を学ぶことは,自分の生活態度や狭い価値観との否応のない対決を迫られる際どい体験であると認識させることが重要と考え,言葉を重ねてわかりやすく意識改革を促した。
次に強調したことは,外国語の習得は楽器やスポーツの練習と同じく,繰り返し努力をすることで必ず達成されるという事実である。生徒の中にある,ファッション的英会話感覚にメスを入れ,基礎的訓練の大切さを理解させようとした。さらに,英語は表現の手段であり,英語の習得自体が最終目的ではなく,すぐれた問題意識や思考力から生まれた思想や意見を持って初めて生きてくるものであるという指導も行った。
英語を学ぶためにはモティベーションが強ければ強いほど効果が上がる。しかし,高校の1年生の段階で強烈な意欲を持つことは難しい。英語の歌が好きであるとか,外国人と自由に話せるようになりたいという純粋な興味や憧れを大切にしながら,いずれ突き当たるであろうさまざまな壁に備えて,人間として伸びていくことが英語力を伸ばし,英語を生かす道であることを諄々と説き続けたが,このことが後に,生徒たちの自己改革への意識につながり,積極的な自己表現への姿勢に結びついたものと考えている。
5.まず発音指導
「発音が下手でも,たとえ間違っていても通じればよい」という意見がある。非英語圏の人々が独特の発音で立派にコミュニケーションをするのを見ると,発音にあまり気を取られず,積極的に話そうとすることが大事なことも理解できる。しかし,私は,英語の発音がしっかりできることは,コミュニケーション能力だけでなくその姿勢にも大きなインパクトを持つ,という確信を持っていた。特に英語教育においては,発音の指導の有無がその後の進歩を大きく左右すると言っても過言ではないだろう。
日本語にはない英語独自の音を繰り返し練習して出せるようになったり,英語のリズムやイントネーションが身に付くと,英語を発することが楽しくなる。自分の発音に自信が持てて,人前で英語を話すことに対する抵抗がなくなる。英語を音読したくなり,リズムよく英語を読むことができれば,意味単位(チャンク)が自然と理解できるようになり,文頭から英文の意味が頭に焼き付くことになる。
自らの英語学習の体験から得たこの確信を,英語コースの1年生には徹底的に実践した。授業や英語合宿で発音記号をしっかり読めるようにする。それぞれの音を正しく発音できるようにする。この訓練は画一的ではあるが,避けて通れない関門と認識させ,できるようになるまで繰り返させる。そうするうちに,生徒たちは,カタカナ英語の非現実性を知り,一音一音丁寧に発音する姿勢を身につける。
音素的な基礎が固められた後には,英語コース全員参加でレシテーションコンテストを実施する。150語程度のストーリーを10話用意し,自由に選択させて,正しい発音とアクセント,リズム,イントネーションで読めるようになるまで指導する。後に述べるが,このような指導は英語教員全体の一致した協力があって初めて可能となる。教員1人が5~6名の生徒を受け持ち,毎日放課後マンツーマンで指導に当たる。
5月の下旬に開くレシテーションコンテストでは,外部の審査員を依頼し,できる限りフォーマルな雰囲気を作る。発音に自信を持った生徒たちは,見違えるように生き生きと発表をする。内気な生徒も緊張を要する経験をやり遂げ,さらに自信を深めて成長する。緊張する生徒たちは,英語を忘れて立ち往生する。しかし,敢えて助けず,自力で試練に対処するよう求める。
かくして,40人の参加者から入賞者を発表し,6月上旬に虎姫高等学校ESSとの合同コンテストに参加する資格を与える。これには,さらにもう一度挑戦したい者の参加も奨励する。台詞を忘れて涙を流した生徒が,再起を期して参加を希望すると,肩をたたいてほめてやる。
発音指導の延長に位置づけるレシテーションコンテストは,夏休みに実施するスピーチコンテストにつながっていき,生徒たちは春とは見違えるように成長する。
6.モティベーションを上げる
英語コースの教育方針の一つに,一見困難と思えることを課して,それを達成する過程で成長させるという仕組みを作ることを置いた。これには,「自分にはできない」と端から諦めてしまう生徒の意識を変え,何事にも積極的に取り組む姿勢を養い,それを達成することで大きく成長させようという意図がある。前述のレシテーションコンテストやスピーチコンテストがその代表例であるが,この他にも,個別で英語を話す力をみるスピーキングテストや1日かけて1冊の英語の本を読む全校リーディングマラソンなど,緊張と努力を強いる機会を多く設けた。
この仕組みにとって肝要なことは,全員に同じハードルを設けるということである。生徒個々の視点から見ればその高さは異なるが,能力によってその高低を調節することはしない。当然,乗り越えることに非常な困難を伴う生徒もある。しかし,同じ目標を達成しようという雰囲気が生徒間の切磋琢磨や助け合いにつながり,能力的に劣る生徒が強い刺激を受けてモティベーションを高めていく。仲間のすぐれた発表や成績に触発されて,自分にもできるという意欲を持つようになる。
英語の力を上げるためには,生徒のモティベーションを高めること,意欲を引き出すことが最も大切である。そのために一番効果があるのは達成感を持たせることである。生徒が自分の背丈よりも高いハードルを越え,成就感を味わったとき,意識は確実に変わり前向きな意欲がわき出てくる。そのハードルは簡単に越えられるものではなく,達成に至る過程には十分な負荷をかけ,うまくできないフラストレーションを味わわせることが大切である。さらに,競争させたり仲間から刺激を受けられる雰囲気を作って,一人ひとりが努力できる環境を作り,その姿勢を評価してやることも欠かすことはできない。
もちろん,楽しい体験を積ませることもモティベーションを上げることに大きく寄与する。ただし,単なる娯楽的な楽しみではほとんど意味がない。オーラルの授業で生徒が楽しくゲームをしても,その後で学ぶことが少なければ,ただの遊びになってしまう。「活動あって学びなし」というスタイルの授業や取り組みを続けていれば,当然オーラル無用論も出てこよう。大切なことは,達成感のある楽しさ,学びを実感できる楽しさである。
米原高校では,1・2年の英語コースそれぞれで,年に3回~4回の1泊2日英語合宿を実施する。そこでは,英語の訓練的な活動とともに,多くのALTとコミュニケーションをしたり,映画を見て字幕スーパーをつけたり,英語のスキットを製作して演じるというような楽しい活動を取り入れている。生徒たちはネイティブとコミュニケーションができたことに充実感を覚え,映画が聞き取れたことに満足し,自分が作ったスキットの台詞が見る者の笑いを誘ったという体験に大きな満足を得る。
彦根市にあるミシガン州立大学日本センターで年1回実施する研修もまた,生徒にとっては楽しく英語を学ぶ機会となる。TESLの専門家が用意してくれるワークショップやアメリカからの留学生との交流は楽しい留学気分を感じさせてくれる。合計10時間ほどの研修で生徒の英語力が急激に伸びることはないが,この楽しい経験が後の学習に大きな弾みをつけ,クラスのモティベーションが一段と上がるのである。
負荷をかけながら困難なことに挑戦させる仕組みと,奔放に楽しませる体験を積ませる仕掛けを取り混ぜ,英語コースの生徒たちの意欲を引き出す。米原高校を訪問する多くの参観者たちが生徒の生き生きした姿に強い印象を持っていただいたが,それには,このような硬軟合わせたモティベーションを上げる指導が大きく寄与していると自負している。後述する「『英語が使える日本人』の育成のためのフォーラム2005」における模擬授業の準備を進める中,全く別のテーマでプレゼンテーション大会を実施したが,生徒たちは期末試験明けにもかかわらず,どちらにも喜々として非常に意欲的に取り組み,いずれにも見事な成果を残した。モティベーションを高める指導がこれほどに意欲を引き出したことを,大きな満足感を持って実感することができたときであった。
7.授業を改善する
英語コースは普通科の1クラスであるため,他のクラスと大きく異なったカリキュラムを組むことができない。英語の時間数も他より週1時間多いだけである。そのような絶対的な時間数不足を補うため,英語合宿などの課外研修を多く設けたのであるが,それらはあくまでも付加的なものであり,英語教育改革の主たる舞台はやはり授業にあると位置づけた。
(1)基礎力をつける
コミュニケーション重視の英語教育では,生徒が間違いを恐れず流暢に話すことを奨励し続けてきた。ところが,そのような授業では生徒が活発に話す姿ばかりに目を奪われ,地味な基礎基本の学習が軽視されがちになる。だが,基礎工事なくしてコミュニケーションはありえない。コミュニケーションを標榜するあまりついつい生徒の自由な発話を求めたくなるが,それ以前に,地道に基礎力をつけることが欠かせない要素である。ただし,常に英語を「使う」という観点を失わず,コミュニカティブなアプローチをすることが,知識を生かすための鍵である。
a) 文法指導
まず,従来の授業の欠陥を洗い直した。英語の知識を注入するだけでは使えるようにならない。受動的な授業の受け方では積極性は育たない。このような欠点を解消するためには,授業をコミュニケーションの場とし,生徒が英語でメッセージをやり取りする場面を多く設定しなくてはならないと考えた。しかし,いきなり無から有は生じない。使うべき言語材料が乏しいままではどんなメッセージも発信することはできない。そこで,基礎的な文法を使えるように指導する方法から考えることにした。
コミュニケーションをねらいとする授業において,文法は悪玉のように言われるが, 私は,意義あるコミュニケーションのためには文法の知識は絶対欠かすことができないと考えている。英語の構造がわからないままのコミュニケーションでは,いつまで経っても崩れた英文でしか話せないし,正確な意図を伝えることはできない。問題なのは,文法の教え方である。英文法の解説書を順々に解説するような教え方はある程度系統的に知識を整理し,理解を促すことはできる。しかし,眼前にテクストがあり,それを解釈するための解説であればまだしも,特定の文法項目を取り上げ,それを事細かに説明するだけでは,生徒側にそれらを学ぶ必要性が希薄になり,いわゆる文法のための文法,文法問題を解くためだけの学習になってしまいがちである。授業では勢い解説を聞きノートを取るのみとなり,演習を行って答を合わせ,試験でも文法問題に答えることが要求されるため,頭に残るのは文法知識と問題の解き方だけとなる。個々の文法事項がどのような機能を持ち,どのような場面や状況で使い,どんな内容やニュアンスを表出するかに思いが至らないため,知識はあっても使えるようにはならないのである。
そこで,理解したことを適切な場面で使えるような指導の工夫を考えた。文法事項を精選し,例外的な細かい部分まで一気に教えようとせず,コミュニケーションに必要な最小限に絞ってテキストを製作した。そこでは,文法事項を使えるようになるまでの過程を意識し次のような方針を採った。
1. 文法項目が表すことができる言語事象の守備範囲・働き・意味やニュアンスの理解
2. 構造の理解
3. 使用場面の理解
4. 擬似的場面での使用練習
これらの手順を踏み,最後には実際の場面での適切な使用ができるように,エッセーライティングや授業中のスピーチ・プレゼンテーションで場面を設定して,使うことが できれば高い評価を与えるようにした。
b) 語彙指導
語彙の指導に関しても同様である。多くの場合,単語集を持たせて範囲を決めて確認テストを行うという方式が採られるが,これは単語を文脈と切り離し,日本語で意味を覚えるという詰め込み式の暗記を強いることになり,語のニュアンスや使い方を理解できないまま,記号を覚えるような無味乾燥な学習となる。使えるようになるどころか,覚えたはずの単語が実際の英文の中で認識できず,記憶も永続しない。
そこで,初学者向けの英英辞典を使わせて,各語の意味を英語で理解させたり,英文 を提示して,そこに登場する語を英語で説明したりして,語の表す正確な意味を捉えさせることから始め,教師自身が実際にそれを使いながら,用法を定着させるという導入法を採用した。生徒に使う練習をさせる場合には,できうる限り生活体験に密着した使用場面を設定し,ペアやグループで練習させる。
例えば,recognizeという語を学ばせる際には次のように導入し,生徒に話させてみる。The
other day I met a girl on the train.
She said she was once my student, but she has changed so much that I
couldn't recognize her. Do you have
a similar experience?
語彙はコミュニケーションにとって最も基本的な要素であるが,生徒にイメージを理解させ,それを使う練習を繰り返し,教師自身も何度も使い続けることで,確かな定着が図れる。このような指導はどの科目でも共通して行い,生徒の語彙力を伸ばすことができた。
c) リーディング指導
英語を読む行為は,書かれたテキストからメッセージを受け取るという側面を持つだけでなく,読むことを通じてモデルとしての英語を習得するという重要な基礎活動と捉え,生徒をindependent readersに育てることができれば,他の技能も自ずと伸びてくるであろうという信念をもとに力を注いだ。
1年生当初から,英文を文頭から順次理解していく訓練として,サイト・トランスレ ーションとチャンク・リーディングを繰り返した。最初は,意味単位(チャンク)を教え,ペアの片方が1チャンクずつを読み,もう片方がそれを教科書を見ないですぐ日本語にしていくというサイト・トランスレーションを徹底的に行った。これを繰り返すことにより,生徒はチャンクの概念を体得し,文頭から英文を理解するコツを習得する。それが定着すると,生徒自身に英文をチャンクで区切らせ,ペアで片方が1つずつチャンクを読んで,もう片方が教科書を見ずにそれをオウム返しに繰り返すという訓練を経て,片方がチャンクごとの日本語を言って,もう一方が教科書を閉じて英語に再生するという練習を行わせる。この一見単調な活動も,生徒同士で行わせることによって,彼らは緊張と競争心から非常に積極的に取り組み,慣れてくると,楽しんで行うようになる。また,内容的に十分な理解ができると,片方が1チャンクを言った後,もう一方が 次のチャンクを再生できるようにまでになった。指導する側に忍耐を要する活動であるが,基礎力をつける段階でこの訓練をすることは,英語の理解と読みの速度を上げることにつながり,和訳を一切必要としない読解授業が可能になった。さらに,未知の語彙があっても,文脈から英文を理解しようとする姿勢がついただけでなく,読んだ英文にある語彙や表現を自己表現の手段に高めるのにも大きな効果を上げた。
読解のもう一つの指導法は,ラウンド制の活用である。ラウンド制は京都教育大学教授(現京都外国語大学教授)の鈴木寿一先生に指導をいただいた方法で,まず大きく英文の内容を理解させ,次第に詳細な情報の把握に至り,その後は音読による言語材料の内在化までをねらいとする一連の授業モデルである。その特徴は,1レッスンを何度も違った目的で読ませることにある。内容を詳細に理解した後の音読の際には,上記のチャンク・リーディングの他,リピーティングやシャドーイングを用いた。このように英文の理解だけでなく,その中の言語材料が生徒の中に定着すると,教科書の表現を用いて自分の意見や考えを発表できるようになる。教師も,概要把握からコミュニケーション活動に至るまで,極力教科書の英語を用いて日本語は一切使わず授業を行う。
読みの指導は和訳に頼れば非常に簡単にできるように思いがちであるが,そのような指導のみでは英文が生徒の頭に残らず,英語として内容を理解することにもならない。
英語で理解させ,かつ教科書は言語材料の宝庫という認識を持たせる指導にはかなりの労力が必要であるが,信念を持って粘り強く続けることによって,生徒の読解力と表現力は格段に進歩するという確信を持つことができた。
d)ライティング指導
英語を書くことは,話す力の基礎となるだけでなく,正しい英語への理解を育み,論理的思考にも大いに寄与する。話せない生徒には会話表現を教えることとともに,じっくり英語を書かせ,それを洗練していくことが大切であると考え,1年次から意欲的にエッセーライティングに取り組ませた。与えられたテーマについて,自分の体験や感想・考えなどを書く練習である。ライティングの授業はもちろん,次に述べるディベートの授業の最後,そしてリーディングのレッスンの終わりにも課題を与えた。週末や長期休暇にはまとまった量を書かせ,学級日誌も英語で書かせた。
自由に書かせると言っても,それにはしっかりした言語的な目的がなければならない。
私が工夫したのは,言語材料を選び,必ずそれを使わなければ書けないというテーマを設定することであった。例えば,be going toを学習させたいと思えば,次の週末の予定を書かせる。仮定法を習得させたいと考えれば,「もし1ヶ月の休暇がもらえたら何をするか」というテーマで書かせてみる。
書かせる上で大切なことは,生徒が提出したエッセーをどのように評価し書く能力向上に役立てるか,である。この課題に対し,教師がすべてを添削することはかえって生徒の力にならないという経験から,間違いを指摘するのみにとどめ,生徒に返して自分で間違いを直させるという方法を採った。しかし,すべての誤りを指摘すると,焦点が定められず生徒の意欲低下につながりかねない。そこで,大きな間違い(global errors)に下線を引き,生徒が間違いに気づきにくい場合にはヒントを書くことにした。そして,再度提出させた英文が正しく訂正されている場合には高い評価を与えた。
ライティングの評価は非常に難しい。各種の検定試験でもこれは最も遅れている部分と言える。私がテストで行った評価法は,まず,英文全体の論理構造や論旨の展開を最重要の観点として一定の規準で得点を与え,global errorsの数を減点法で評価する。しかし,単純な英語で間違いの少ない英文と,意欲的に難しい構文や語彙を使って誤りの多い英文のどちらを高く評価するかという問題になると,減点法だけでは不十分である。そこで,自分が学んだ表現や高度な英語を使おうとしている生徒にはチャレンジ点を与え,加点法でも評価することにした。
このようなフィードバックと評価法が生徒の書く意欲を高め,次第に書く量が増え,誤りに対して敏感になったことは,後のスピーキングの正確性につながる基礎となった。
(2)4技能を伸ばす
コミュニケーション能力という言葉には,「話す」「聞く」という側面のみがつきまといがちであるが,「読む」「書く」という技能も重要なコミュニケーション能力である。よしんば,「話す」「聞く」能力の伸長が最終的な目標であるにせよ,そのためには,正しく読め,いい英語が書けなければ,高度なレベルにまでは到達しないであろう。4つの技能は個々別々のものではなく,相互に影響し合って伸びていくものであり,どれか一つが欠けていても,コミュニケーション能力があると言うことはできない。
米原高校の授業で私が取り組んだのは,4技能を総合的に伸ばすという授業であった。そして,その理想としてのスタイルをディベートに求めた。ディベートの時間は1年生・2年生で週1時間,3年生では2時間を充てた。正式なディベートには手順や決まりがあるが,英語の技能を高めることを目的とした場合,必ずしもそのような形式を守ることに腐心しないで,あくまでも生徒の学習に最も効果のある独自の方法を試みた。そこでは,input→intake→outputという学習過程を大切にし,生徒が学んだ言語材料を定着させ,それを使って自分の意見や考えを発表できる段階にまで高める手順を取る。
1. 問題提起をする。ディベートのテーマは,1年生には,「映画を見るには映画館の方がレンタルビデオよりよい」「高校生に携帯電話は必要ない」というような身の回りの取り組みやすいもの,2年生には,「高校では英語は選択科目にすべきだ」「給料は少なくても余裕のある生活の方がよい」などというより次元の高いもの,3年生には「環境に関するルールは途上国が作るべきだ」「死刑制度は廃止すべきだ」という国際的・社会的な話題とし,徐々に難度を上げていく。
2. そのテーマに関する英文を読ませる。これは英字新聞やインターネットから取ることもあったが,多くの場合,生徒に学ばせたい言語材料に乏しかったり,難しすぎたりするので,学ばせたい語彙や表現,文法事項を盛り込んでALTとともに製作した。生徒に読ませる際も,英文の意味や背景についてすべて英語で解説し,理解を促した後に,言語材料を吸収できるよう熟読させる。
3. 肯定側・否定側に分けて,意見やその根拠を考えさせる。多くの場合,この活動は家庭学習とさせたが,アカデミックなテーマや社会的・国際的な話題の場合は,図書館やインターネットで調べさせる時間を設けることもあった。生徒たちには,自分の考えや調べた情報をもとに,相手側の意見についての反駁まで考えることを要求した。
4. 自分が構築した意見やその根拠をもとに,ペアでディベートをさせる。自分の意見を伝えた後,相手側の意見に徹底的に反駁し,設けた時間内すべてを議論し続けることを義務づける。
5. 全体でディベートをする。肯定側・否定側に別れて,ペアで行ったのと同じように意見の応酬を行わせる。それぞれの発言に対して教師が生徒の発言を繰り返したり,言い換えたりしながらコメントし,個々の意見を大切にし,話しやすい雰囲気を作って,次の意見を誘発できるように配慮する。
6. 自分の意見を書かせて提出させる。ディベート後の言語材料の定着を図るため,自分のものに加えディベートで出た意見を取り入れて,総括的な観点からまとめさせる。
さらに,定期試験である意見に対する反駁を書かせたり,スピーキングテストで同じテーマで意見を述べさせるなどして,再度定着をめざす。
ディベートは高度な技能を有するという考えから,3年生で取り組ませる学校が多いが,テーマ設定次第で十分1年生にも可能である。1年次からの段階的な訓練があれば,2年生・3年生でかなりレベルの高いディベートができるようになるものである。あらかじめどれほど言語材料をインプットしても,最初から滔々と自分の考えを述べられることはあり得ないが,初めのうちは書いたものを読むだけでよいとし,徐々に書いたものから目を上げて話し,やがてキーワードやメモ程度だけを見て話すように指導する。指導の側に忍耐力は要るが,このような手順を踏んだ指導で,生徒はどのようなテーマについても,確固とした意見を述べられるようになる。また,さまざまな問題についての観点が豊富になり,論理的思考力も訓練され,他教科の学力に及ぼす好影響も見逃すことはできない。
英語の授業の場合,クラスサイズが問題になることが多いが,このようなスタイルのディベートは,40人のクラスでも十分効果を上げることができる。生徒は家庭学習やペアディベートで自分の意見を言うための準備ができているので,訓練を重ねることにより,誰を指名してもしっかり発言できるようになる。
この授業形態は,ディベートに限らず,英語Ⅰ,OCⅠ,ライティング,リーディングの授業のすべてにその要素を取り入れた。英文を読んだり,書くための表現を学習したりした後で,関連したテーマで話し合わせることにより,英語の各科目が融合し,どの授業でも同じフォーマットを使うことができるようになったのである。時には,リィーディングで扱ったテーマを本格的にディベートの授業で取り上げることもあった。このような科目統合型の授業方式を,英語教育の専門家たちは「米原フォーマット」と呼ぶが,米原高校の教授法は,各科目がバラバラに違った内容を扱うのではなく,英語科の各科目をテーマや形式において統合することが4技能を伸ばす力となることを証明したと言える。
(3)教師の教授力を上げる
平成14年度からの3年間,米原高校は文部科学省のSELHi研究開発指定を受けた。SELHiは,「英語教育の先進事例となるような学校づくりを推進するため、英語教育を重点的に行う高等学校等を指定し、英語教育を重視したカリキュラムの開発、大学や中学校等との効果的な連携方策等についての実践研究を実施する」ことを目的に,その研究成果を広く今後の英語教育改善に役立てようとする国家的な研究開発事業である。英語コースが生まれてわずか1年で,57校の応募の中から16校の一つに選ばれた幸運を米原高校の英語教育への力強い追い風にすべく,この指定を積極的に受け止めた。
SELHiの指定校の多くが海外留学や,イマージョン,高大連携などを研究開発の中心に据えるなか,私は敢えて,それまでやり続けてきたことを踏襲し,その過程で発展的にできることを模索しようと考えた。そして,まずは授業改善と教師の意識改革がより多くの可能性を探るための基本と捉えた。
英語教員のみならず,教師は自分の授業を見られることを極端に嫌う。私が真っ先に打ち出したのは,「授業は常に公開する」という方針である。まず自分の授業を公開し,徐徐に英語科教員全員に呼びかけて研究授業を頻繁に行った。自信が持てないと言う授業にも,「懸命に取り組めば,本人が気づかないすぐれた面を参観者に発見してもらえる」と励まし,授業公開に対する抵抗感を取り去っていった。外部からの訪問者には,ぜひ授業を見てほしいと依頼した。こうして,次第に英語教員全員が自分の授業に対する自信を深めいつでも誰にでも公開できるようになった。
さらに,高大連携の一つの形として,英語教育を専門とする大学の教員に授業を指導してもらうというプロジェクトを開始した。専門家の目に対して,最初はかなりの緊張を強いられた教員たちが,適切なアドバイスや評価の価値を知り,自分の授業に対してさらに自信を深め,貪欲に授業力を伸ばす努力を開始した。教員個々の意欲向上は互いの切磋琢磨につながるだけでなく,生徒に対して強い影響を与えた。教員が一丸となって研究開発に取り組み,全員が授業のほとんどを英語を使って進め,同じフォーマットで活動をさせる。全英語科教員が生徒と机を並べてTOEICを受験する。このような,教員相互の厳しい中にも互いに高め合う良好な人間関係が,生徒との信頼関係にも生徒同士の関係にも大きく作用したのである。研究指定3年目に本校にお招きした遠山顕先生は,「米原高校の英語教育は,教師がその優位性を誇示せず,生徒を一個人としてのレベルに持ち上げ,いうなれば水平な人間関係を作り,コミュニケーションをしやすくする。また,間違いを正すより,良いものを評価する方向性が実際に感じられ,生徒も教師を評価する空気が感じられて新鮮であった。」と,感想を述べてくださった。
研究開発指定を受けた3年間は,毎年全県に向けて公開授業をし,米原高校の取り組みを発信した。また最後の年には,全国のSELHi指定校の教員を対象に,すべての英語教員の授業を公開した。教師自身も高いハードルをいくつも超えて,一人ひとりが優れた実践者に成長できたことが,米原SELHiの成功の最も大きな要因であると思われる。
「教育は人である」とはよく言われるが,まさに教員の意識改革とチームワークによって,短い期間でも大きく教育を変えることが可能である。教員の質の向上は,内発的な問題意識が共有されることで最もよく達成されるということを,米原高校の英語科教員たちは身をもって示したと言えるだろう。SELHi研究開発の集大成たるべき文部科学省への報告書も教材などの資料集を合わせて400ページを越えた。全員で取り組んだ成果である。
8.こころに届く英語教育
SELHi研究開発指定の3年間は,多くの人々の協力を得て著名な講師を招聘することができた。講師の見事な英語力に触れて,生徒の意識をさらに高めたいというねらいのほか,私たちの授業を見てほしいという期待を込めて,2日間にわたる忙しい日程を依頼した。
この行事による成果は計り知れない。1年目は鳥飼玖美子先生,2年目は東後勝明先生,そして3年目には遠山顕先生が,この過酷な要求に応えてくださった。そして,3人ともが米原高校の英語教育を高く評価し,米原高校の力強い支持者となってくださった。
講師を招く1ヶ月前には,生徒全員にその著書を読ませることによって,生徒の期待を高めると同時に,英語の達人の前でうまく話せるかを競い合わせる。クラス単位のワークショップでは,直接講師に語りかける機会を作る。目を輝かせて話し,食い入るように話を聞く生徒の姿は,講師の先生方に大きな感激をもたらした。
東後勝明先生が,SELHi報告書に次のような言葉を寄せてくださった。「英語教育の在り方がいろいろ問われる昨今,ここでは,こころに届く,いわば『手作りの英語教育』の原点を見たような気がした。大切なことは教える側がどのように生徒と向き合うかだ。それによって生徒は見事に変わる。」
生徒たちの英語力は3年間で格段に進歩した。数値的な結果を示せば,TOEICの平均点は500点で,700点を超える生徒も数人いる。実用英語検定2級合格者は3年次で8割を越える。しかし,そういった英語力の伸び以上の成果は,生徒のコミュニケーションへの意欲の目覚ましい高まりと,生きる力のたくましい向上,それに教師自身の変革である。
米原高校の実績が評価され,平成17年3月26日に東京ビッグサイトで開催された「『英語が使える日本人育成』のためのフォーラム2005」で,SELHi指定校88校より選ばれて,模擬授業を披露するという機会を与えられた。全国から集った英語教育関係者1,000人以上の前で,米原高校2年生の生徒と私は,4年間の成果のすべてを発揮した。
「50年後の世界はどうなっているだろう」をテーマに,生徒たちが分野別に調べたことをパワーポイントを使って発表する。それに対して,意見や感想を自由に述べ合うという授業が,大きな反響を呼んだ。何よりも生徒たちの生き生きした姿が多くの人の感動を誘ったのである。数多くの感想のうちで最も嬉しかったのは,「SELHiを受けてから辛いことが多かったのですが,今日の授業を見て,米原で達成できたことが,私たちにもできないはずはないという確信をもらいました。元気をありがとうございました」という声であった。ステージに咲いたのは,決して高嶺の花ではなく,誰にも育てることが可能な花であった。その地味な美しさが多くの人に認められた喜びに,私は涙が止まらなかった。
9.No-frills English pays off.
米原高校で取り組んだ英語教育改革は,これまでの英語教育と大きく異なった試みではない。従来の「点数を取る」ための教育の欠点を洗い出し,そこにコミュニケーションという軸を据えたわけであるが,決して奇を衒わず,基礎基本を大切にし,それをもとに,常に英語で自己表現をすることを目標にして,自分たちができる範囲の中で地道に取り組んだのみである。The Daily Yomiuri紙は,そのような取り組みをNo-frills English pays off at local
school.と評したが,地に足をつけた一貫した取り組みが,生徒の4技能をバランスよく伸ばし,意欲を高め,大学受験にも大きな成果をもたらし,米原高校英語コースに大輪の花を咲かせた。英語を学ぶための教材には事欠かない時代にあって,何よりも大切なものは,機械でも環境でもなく,教師自身という資源である。教師の意欲とチームワーク,そして確固とした信念と情熱,生徒への信頼と愛情さえあれば,どんな学校でも大きな変革を起こすことができることを証明できた4年間を深い感慨を持って振り返る。
米原高校英語コースを巣立った生徒たちは,大学で生き生きと学んでいる。神戸と北陸の大会で,2人の卒業生がスピーチコンテストで優勝したという知らせが届く。「米原高校を卒業して改めて,その英語教育の意義を理解した」と語る生徒,「英語コースの卒業生であることに誇りを覚える」と手紙をくれる教え子,教育大学で「米原高校で学んだことをもとに,教師となって滋賀の英語教育を変える」と意欲的に学んでいる卒業生が,学友を誘って頻繁に授業参観に訪れる。米原高校という手作りの花壇に蒔いた種子が,あちこちで着実に芽を出していることを知るとき,私の願ったことが着実に形になっていることを実感する。
また,米原高校で英語教師として力の限りを尽くした実践が,多くのSELHi研究開発指定校の参考になり,勇気を与えていることほど嬉しいことはない。この成果が,SELHi指定校だけでなく,全国の英語教育の改善に大きな一石を投じることを期待したい。
無から有を作り出す - それは教師にとってこの上なくすばらしい仕事である。